◆六本木「トゥーリア」シャンデリヤ落下事故(1988年)

  ミッシェル・ガン・エレファントの曲で「シャンデリヤ」というのがある。これがまあ、おそらく多くのロック・ファンを唸らすであろう名曲である。ハードなのに軽快で、ドラム、ベース、ギター、ヴォーカルの全てがめちゃくちゃカッコいい。Youtubeのコメントあたりを眺めてみると、ライブで再現不可能と書いている人もいて、そりゃそうだろうなと納得させられる、それほどの曲なのだ。

 いや、ミッシェル・ガン・エレファントは別にいいのだが、何が言いたいかというと、この曲は全体的に意味不明の歌詞の中で「それでも明日はシャンデリヤが降る」というフレーズが繰り返されるのである。それを耳にするたびに思い出すのがこの事故だ。

 シャンデリヤが降ってきたのである。

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 かつて日本には「バブル景気」「バブル期」などと呼ばれる時期があった。若い人は全然知らないかも知れないが、1980年代後半から90年代初頭にかけて、そういう好景気の時期があったのだ。

 40~30年前の話なので、世代によってはかなり昔に感じられるかも知れないが、このバブル景気が「弾けた」ことによる日本の不景気は、今も尾を引いてる。

 と、知った顔で説明しているが、筆者も当時は小学生だった。それに、東北の片田舎で生活しているとバブル景気の影響など体感する機会もなかったので、まさにその時代に自分も生きていた、という実感はあまりない。

 なんでそんなふうに日本全国が好景気に沸いたのか、なんでまたそれが「弾けた」のか、経済に疎い筆者は四十代になった今もいまいちよく分からないのだが、とにかく景気が良かったのである。都会では誰も彼もが高級志向、金を湯水のように使いまくっていた(らしい)。

 この当時の空気感を知りたければ、下手に経済の本を読むよりも、東京プリンの「バブルアゲイン」を聴いた方が早い。

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 さてそれで、くだんのシャンデリヤ落下事故は、このバブル景気のさなかに起きた。1988(昭和63)年1月5日の21時40分頃、東京都港区六本木七丁目にあった高級ディスコ・「トゥーリア」で、店内にあった巨大なシャンデリヤが突然落下したのである。

 ちなみにディスコとは、ダンスホールのことである。ディスク・ジョッキー、いわゆるDJが店内でレコードやCDをかけたりして音楽が流れる中で、飲み物を飲みながら客たちがダンスをするのだ。なんでも、フランス語で円盤を意味する「disque」が語源らしい。

 こういう、お客が音楽とダンスを楽しむ形式の娯楽施設は、現在ではクラブと呼ばれるものがほとんどである。ディスコという名称で営業している店は、令和の時代には数えるほどしか残っていない。

 事故が起きたトゥーリアは、こうしたディスコの中でも特に高級な部類に入るもので、店によるお客のチェックが厳しく、芸能人や野球選手も利用していたという。

 建物は、二階から地下階まで8.2メートルの高さの吹き抜け構造になっていた。落下したシャンデリヤは一番てっぺんの二階の天井に設置されており、ストロボスコープやスポットライトが取り付けられた、さながらUFOのような絢爛さだったという。

 これは可動式で、上下に動かすことができた。本当にUFOが上がったり下がったりするイメージだったのである。長さは5.5m、幅は3.5m、厚さ1.5mの楕円形で、ドーナツのように真ん中に大きな穴が空いていた。そして重量は約1.8トン。30キロの米袋でいえば60袋分である。

 1月5日ともなれば、まだお屠蘇気分の者も多くいたことだろう。きらびやかな照明の下で酒とダンスを楽しみ、バブル景気を謳歌していた約200名のお客の頭上から、このシャンデリヤは降ってきたのだった。

 この事故で、踊っていた17名が下敷きになった。内訳は女性13名・男性4名で、このうち20代の女性2名と男性1名の計3名が死亡した。上述の通り、シャンデリヤが楕円形のドーナツ状だったのが幸いして、落下地点の中央部にいた人は難を逃れている。

 なんでこんなことになったのか。

 落下したシャンデリヤは、天井の巻取ドラムから直径6ミリのワイヤー8本で吊られていたのだが、このワイヤーを巻き取るドラムとモーターを結ぶチェーンが切れたのである。

 じゃあ、なんでそんなものが切れたのか。

 実はシャンデリヤが上下に動く際、ワイヤーには約3.2トンの荷重がかかることになっていたのだが、1トン程度の荷重しか耐えられない設計だったのだ。

 これは設計ミスだったのか、それともコストをケチった結果だったのかは不明である。なんであれ、裁判ではシャンデリヤを施工した会社の社長が執行猶予付きの有罪判決を受けて決着している。

 他にも関連する要素として、ウィキペディアを眺めてみるといろいろ書いてある。いわくシャンデリヤの落下スピードがすごすぎてストッパーが役に立たなかったとか、本来なら一日四回程度しか昇降動作させないことが前提になっていたにも関わらず十五~二十回は動かしていたらしいとかなんとか。あるいはこの昇降頻度の食い違いも、チェーンに負荷がかかる一因になったのかも知れない。

 ちなみに、最初はトゥーリアの店員によるシャンデリヤ操作ミス説もあったようだが、店側の関係者は全員不起訴となった。

 同店は1987(昭和62)年5月8日にオープンしたばかりだったが、この事故が原因となって、開店から一年足らずで閉店している。現在、かつてのトゥーリアの跡地には慰霊碑がわりのお地蔵さまが設置されているとか。


 いわゆるバブル景気の、刹那的というかハリボテ的というか、そういう有様が垣間見える事故である。高級ディスコも、きらびやかな皮を一枚剥がせば、設計ミスや不適切な操作などのデタラメによって支えられていたのだ。

 ちなみに降ってきたシャンデリヤも、当初はアメリカ製のメーカー品と称されていたが、事故がきっかけで、実は国産のコピー品だったことが判明している。つくづくデタラメだ。

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 最初から最後まで余談だらけで恐縮だが、この事故を筆者が知ったのはまだ十代の頃で、たぶん上記の裁判の判決が出た時だった。夜のNHKのニュースで、最後についでのように報道されたのを見て、ひゃあ、おっかない事故があったんだなとビビッたのを覚えている。その時にテレビの画面に映し出されたのが、今でもネット上で見ることができる血まみれの事故現場の写真だった。

 バブル景気のことはよく知らなくても、印象深い事例である。

【参考資料】
◆ウィキペディア


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