『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』という本がある。
著者はジェームズ・R・チャイルズ。チャイルズと言っても、ファミコンゲームの名作『チャイルズクエスト』とはもちろん何の関係もない。この本では世界のさまざまな事故事例がさらっといろいろ紹介されており、中にはスリーマイルアイランドの原発事故やチャレンジャー号の爆発事故など、事細かに解説されている事例もあって読んでいて飽きない。
で、この『最悪の事故が起こるまで~』の冒頭で挙げられているのが、1969(昭和44)年にハンガリーで発生したというすさまじい爆発事故である。
本で読む限りでは本当にすさまじい、想像を絶する事故なのだが、どちらかというとマニアックな事故事例に入るらしくググッてもなかなか情報が見つからない。皆無ではないが、ほんの数行程度だ。
また『最悪の事故が起こるまで~』でも、冒頭で簡単に経緯が書かれている程度である。それでもないよりはマシなので、これに依拠しながらご紹介しよう。
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1969(昭和44)年1月1日に、この事故は起きた。
場所はハンガリーのレプツェラクという場所である(このレプツェラクという地名自体、検索しても出てこない。なんなんだ?)。ここには、天然ガスから二酸化炭素を取り出して販売している炭酸製造会社があった。
この会社には、アンモニアによって冷却されている巨大タンク四基と小型ボンベがあり、両方に液体二酸化炭素が貯蔵されていた。
ここで、液体二酸化炭素について簡単に説明しておこう。と言っても、筆者もよく知らないので単なる知ったかぶりだが。
液体二酸化炭素とは、要するにドライアイスの「もと」である。
知っての通り、二酸化炭素は通常は気体である。が、これに強い圧力をかけると液体になる。これが液体二酸化炭素で、さらにこれを空気中へ急激にブシューッと噴出させると、今度は一気に圧力が下がって、気化熱と急激な膨張によってすぐに凍結し、固体になる。
この段階では、凍結した二酸化炭素はまだ「雪」のようなものである。これをプレス機などで圧縮するとドライアイスになるのだ。この圧縮のやり方によって、さまざまな形のドライアイスを作ることが可能になる。
我々の最も身近にある液体二酸化炭素といえば、生ビールの押出し用に使われる緑色のボンベだろう。あれには液体二酸化炭素が詰まっており、外に出てくる時はおよそマイナス60度の状態になっているのだ。
さて先述の通り、このレプツェラクの工場では、天然ガスから二酸化炭素を採取していた(副生ガスからも二酸化炭素は取れるらしい)。ところで、こうしたガスはプラントに到着した時点では僅かな水分を含んでいるもので、これは取り除かなければならない。しかし、ガスにたまたま水分が残ることもある。そうなると、計器や機器、残量計や安全弁まで凍結してしまうこともあったという。
素人の解釈だが、液体二酸化炭素はとても冷たいから、一緒になっていた水分も凍ってしまうということだろう。
ここまで見ただけでも、この工場のボンベにはとても恐ろしいものが詰まっていたことが分かる。
ちなみに、水に炭酸ガスを入れたいわゆる「ソーダ水」の大量生産が可能になったのはハンガリーが最初らしい。なんでも当地ではワインを炭酸水で割る飲み方が好まれているそうで、それだけ炭酸水および炭酸ガスは需要というか作り甲斐があるのかも知れない。
この工場では1月1日の深夜に操業を開始した。その中で、オペレーターが「Cタンク」なるタンクへ液体二酸化炭素を送る操作を行っている。これは参考資料によると「液体二酸化炭素をたくわえておくボンベが足りなくなった」ことが理由だったそうで、ここらへんの因果関係はよく分からない。
問題は、オペレーターが液体二酸化炭素を送り込んだ「Cボンベ」が、およそ30分後に爆発したことである。前日の12月31日にプラントを閉めた時には、各タンクには少なくとも20トンの液体二酸化炭素が入っていたというから、タンクはすでに満タン状態だったのかも知れない。ここらへんの詳しい錯誤の内容や原因も定かでない。
とにかく「Cタンク」は爆発し、その破片によって「Dタンク」も破裂してしまった。
どぼずばああああああん。
ここからがピタゴラスイッチである。二基のタンクが爆発したことで、まず周囲にいた四名が死亡。さらに「Aタンク」も基部固定ボルトから外れてしまい、直径約30センチの穴が開いた。すると今度は、その穴から高圧の液体二酸化炭素が噴出し、なんと「Aタンク」はロケットよろしく地上から飛び立ってしまったのだ。
離陸したAタンクは建物の壁を突き破り、大量の液体二酸化炭素が洪水のように床にまかれた。
これにより、近くにいた五名が瞬間冷凍された上に、室内の温度は摂氏マイナス78度まで低下。たちまち部屋中が壊れた冷凍庫のように分厚いドライアイスで覆われ、もはや呼吸するのも不可能な状態となった。漫画『ワンピース』のヒエヒエの実の能力者による技「アイスエイジ」のような状態が、現実世界に出現してしまったのである。
瞬間凍結してしまった五名は無事だったのだろうか……。だがとにかく最初に述べた通り、この事故はこれ以上詳しい情報がないので、その後のことはまるきり不明である。そもそも事故が起きた会社名すらも分からない。モヤモヤする話だ。
【参考資料】
◆ジェームズ・R・チャイルズ/高橋健次〔訳〕『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』草思社・2006年
◆ドライアイスのつくり方は?│コカネット
◆炭酸ガスのつくられ方|一般社団法人日本産業・医療ガス協会
◆炭酸ガス圧力調整器 [ブログ] 川口液化ケミカル株式会社
◆炭酸ガス容器の特徴 CO2 [ブログ]
川口液化ケミカル株式会社