山形県は温泉が多い。どのくらい多いかというと、日本で唯一、「全ての市町村に温泉が存在する」ほどだ。
もちろん、規模や知名度は千差万別で、例えば銀山温泉や肘折温泉のように全国的に有名なものもあれば、小規模でマニアックな秘湯などもある。
ただ、それらの温泉地で、「大火」と呼べるほどの火災に見舞われたのは、おそらく山形県内ではあつみ温泉だけではないだろうか。
あつみ温泉は、山形県の日本海側の鶴岡市にある温泉街だ。「あつみ」は漢字では「温海」と書くのだが、難読漢字だからということで1977(昭和52)年、国鉄が当地の駅の表記を「温海駅」から「あつみ温泉駅」と変えたのがきっかけで、ひらがな表記が定着していったらしい。
山形県在住の筆者は、表記としては漢字の方がしっくりくるので、この記事のタイトルも「温海大火」とした。
別に宣伝するわけではないが、なかなかの名湯である。開湯は千年以上前で、歴代の藩主にも愛された湯治場だった。横光利一や与謝野晶子も訪れたほか、松尾芭蕉も当地で「あつみ山や吹浦かけて夕すずみ」という句を詠んでいる。
さてそんなあつみ温泉だが、1951(昭和26)年4月24日に災禍に見舞われた。時刻は夜の23時20分頃、温泉街の中の民家から出火したのだ。
山形大火もそうだったが、4月から5月の山形県は強風が吹きやすい。日本海側ならなおさらで、温泉街から発した火災は風に煽られてどんどん拡大した。
最終的には、全戸数427戸のうち251戸・313世帯が全焼し、被災者は1,700名に及んでいる。さらに寺社、旅館19軒、郵便局、銀行なども焼け、被害総額は約15億円に上った。
幸いだったのは、一人も死者が出なかったことである。
その後は道路整備も進んで復興した。
ちなみにずっと後の話だが、2019(令和元)年6月18日に発生した「山形県沖地震」でも、あつみ温泉は震度6を観測して被害に遭っている。特に、温泉を供給する配管が損傷したことで、現地のすべての温泉旅館は休業せざるを得なくなった(その後営業再開している)。
一部の旅館では、地震被害の修復作業に際して、約70年前に温海の温泉街を襲った大火のことを思い出した経営者もいたという。大火の時、全国から駆け付けた大工が旅館を建て直してくれたという歴史が先代から語り継がれていたのだ。その伝承もまた、温海温泉の地震からの復興の後押しとなったことだろう。
火災直後から3年にわたって復興祈念にと植樹されたソメイヨシノは、今では川面を包み込む立派な桜並木として観光客の目を楽しませている。
この桜並木はその後、東日本大震災からの復興支援プロジェクトとして企画された「東北・夢の桜街道~復興への祈りを捧げる桜の札所・八十八カ所巡り」の第四十九番にランクインした。
【参考資料】
◆旅館・瀧の屋
◆山形県
◆東北・夢の桜街道 復興への祈りを捧げる 桜の札所・八十八ヵ所巡り
◆やまがたへの旅
◆毎日新聞
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