◆道頓堀川飛び込み事故(2019年)

 大阪市中央区の道頓堀地区に、戎橋(えびすばし)という橋がある。道頓堀川にかかっており、ナンパスポットとしても有名で「ひっかけ橋」という異名を持つとか。また、この西隣には道頓堀橋というのもある。

 道頓堀地区といえば、グリコランナーが描かれた巨大看板や「かに道楽」の看板など、定番の観光スポットである。大阪にさほど明るくない筆者のような東北人でも、あのへんの名所と言えば大阪城やUSJに次いで思い出す。

 2019(平成31)年4月30日、20時30分頃にここで悲劇が起きた。

 当時の天皇陛下のご退位と皇太子殿下のご即位に伴い、元号が「平成」から「令和」に変わるまであと三時間半ほど――というタイミングだった。一人の男性が、こう叫んで戎橋から飛び降りたのだ。

「阪神タイガース優勝しました。平成ありがとう!」

 ちなみに、阪神タイガースが2015(平成27)年以降に優勝したという話を、筆者は寡聞にして知らない。こういう「飛び込み」をする時の決め台詞なのだろうか。

 戎橋から道頓堀川の川面までは、約5メートル。男性は川へ向かってダイブした――。

 ところがそこに、一隻の船が通りかかった。道頓堀川を20分ほどかけてクルーズする「とんぼりリバークルーズ」のクルーズ船である。男性は、ゴツンッ! と音を立ててこの船に激突した。この時の様子はネット上でも動画で拡散されており、本当にゴツンッ! と音がするのが生々しい。

 筆者は最初、この動画を観たとき「さすが大阪人。狙ったのかな」と思った。しかしよく見ると、男性は飛び降りる直前に船が来るかどうかを全く確認しておらず、船への激突はまるきり偶然だったのである。天然でこういうギャグをかましてくれるあたり、大阪のお笑いの神さんはさすがである。

 こんな風に茶化して書けるのは、死者がいなかったからである。船に乗っていた人は誰も巻き込まれずに済んだし、飛び降りた男性も命に別状はなかった。さすがにしばらく動けなかったようだが、間もなくその場を立ち去っている(風の噂によると、どこか複雑骨折したらしい)。

 落下した場所に、緩衝用のタイヤがあったからよかったのだ。この時、船には約60人が乗っていた。船頭いわく「橋を通過しかけた瞬間、人がボンッて落ちてきた」とのことで、人間同士が激突していたらどんな大惨事になっていたか…。

 いくらめでたいとはいえ、とんでもない行為である。

 しかしある意味で、驚くにはあたらない。この戎橋とその周辺は、いわば慶事の「飛び降りの名所」なのだ。

 ニュースで見聞きした方も多かろう。ここでは、1985(昭和60)年の阪神タイガースの優勝を皮切りに、2001(平成13)年の大阪近鉄バッファローズの優勝、2002(平成14)年の日韓ワールドカップでの日本代表の勝利時、2003(平成15)年の阪神タイガース優勝時など、大きな出来事の際には多くのお調子者が戎橋や近隣の道頓堀橋から川へダイブする風習があるのだ。最近では、ハロウィーンや新年カウントダウン、季節ごとのイベントでもダイバーがいるらしい。何があったのか、過去には逮捕者もいたとか。

 それだけなら「まあそういう名所なんだろうな」で済むのだが、2003(平成15)年の阪神タイガース優勝時や2015(平成27)年の新年カウントダウンの時には、川へ飛び降りて亡くなった人もいるので笑ってばかりもいられない。

 こういうのの是非については、地元の人から見てもいろいろモヤモヤを感じるものだと思うが、まあ概して「大阪名物」なのだと思う。ハリセンチョップみたいなものだ。筆者の個人的な感想としては、クソ真面目に禁止令を出すようなものでもないと思うし、むしろ怪我をせずに安全に飛び込めるよう整備した方がいい気すらするのだが、どうなんだろう。

 まあ確実に言えるのは、飛び降りない方が賢明である、ということである。道頓堀川は意外と深く、底に足がつかない程だという。また粗大ゴミも多く沈んでおり怪我をする危険性もある。水質も、決してゴクゴク飲めるほど綺麗とは言えないし、正月ともなれば水温は低く、いきなり飛び込めば心臓の悪い人は即死しそうだ。

 今回の男性の飛び降りの後、いよいよ「平成」が「令和」に切り替わろうとする23時55分の段階では、道頓堀周辺には約5千人が集まった。警察官も橋への立ち入りを規制したという。

 資料の情報を総合すると、さすがに封鎖まではしなかったとみえ、拡声器で「立ち止まるな」と呼びかける程度だったようだ。それでも、改元後も周辺での警備は続けられ、これが奏功してか、あとは戎橋以外の場所でポツポツと10人くらいが飛び込んだ程度で済んだらしい。

 ちなみに、船への激突事故が起きた時はまだ早い時刻だったので、全然規制されていなかったのである。

 考えてみると今回怪我をしたこの男性、まだ大して盛り上がってもいないうちにふざけて大怪我をし、肝心のカウントダウン時にはおそらく複雑骨折で苦しんでいたのである。これを幸先の悪い失敗談と考えるか、いい思い出と捉えるかは本人次第だろう。新時代に幸あれ。

【参考資料】
新時代に各地で祝福ムード 道頓堀では“令和ダイブ”も
改元で「道頓堀川飛び込み」 あわや大惨事、クルーズ船の船首に落ちた男性
大阪・戎橋 令和スタートでごった返す、飛び込む人も
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従者ヨシコ芸能ブログ
衝撃事件の核心

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