2015年9月6日日曜日

◆松尾鉱山小学校転倒事故(1961年)

 1961(昭和36)年1月1日、元日のことである。

 岩手県岩手郡松尾村(現八幡平市)の、松尾鉱山小学校の校舎内で、大勢の児童が廊下を駆けていた。午前9時30分を回った頃のことだ。

 この日は、午前9時から新年祝賀会が開催されていた。例年、その後は映画会を行うのが慣例になっており、児童たちはその会場へ向かっていたのだ。

 会場というのは、学校から300メートル離れた鉱業所内の会館である。そこで会社主催の映画会が行われるのだ。

 よって児童たちは、映画を観るために、急いで校舎の外に出る必要があった。目指すは校門に近い西昇降口だ。

 2階の廊下を進み、階段を下りる。時刻は9時40分、その階段下で惨劇が起きた。

 きっかけは、階段を下り切った先頭の児童が、立ち止まって腰をかがめたことだった。靴を履き替えるための、何気ない動きである。

 ここに、後続が押しかけた。早く映画会に行きたい児童たちがワッと階段を下りてきて、先頭の児童のところで一瞬だけ詰まった。そのまま支えきれず倒れ、バタバタと折り重なったのだ。

 後ろの方の児童は何が起きたのか分からず、面白半分に階段の上から飛び降りた者もいたという。群集事故の恐ろしいところだ。その事故が起きた瞬間だけでは、悲劇は終わらない。何が起きているか分からない、後続の人間の動きがさらに事態を悪化させるのだ。

 教諭たちが駆けつけた時には、既に10人が呼吸停止し、13人が負傷していた(負傷は10人という資料も)。死者のほとんどは圧迫窒息死だったという。

 現場は、事故が起きてみると「なるほどこれは危ないわ」と納得してしまうような状況だった。この地域は豪雪地帯で、正月とあって校舎は雪に埋もれていた。そのため利用できる出入り口は限られており、その数少ない入り口の一つに児童が殺到したのだ。

 また、現場の昇降口は暗かった。読者諸君は「雪囲い」というものをご存知だろうか。雪国では、建物や樹木が積雪でダメージを受けないように、板で覆ってロープでくくるなどし、防護壁を作る習慣がある。現場の校舎でもそれが行われていたという。おそらく、それによって窓などが覆われていたのだろう。咄嗟には状況が把握しにくい状態だったという。

 まして、子供たちは映画会を楽しみにして廊下を駆けていたのだ。すぐ先の、薄暗い階段の下で起きていることになど思いが及ばなかったに違いない。

 この事故の、その後については不明である。ここから先は、この松尾村という地域について少し書いておきたい。余談じみるところもあるので、後は読みとばしてもらっても構わない。

 現場の小学校の名前からも分かる通り、この地域は鉱山町だった。その中心にあったのが松尾鉱山である。硫黄鉱石が採れるということで、当時は栄えに栄えた場所だったのだ。

 この鉱山が発見されたのは1882(明治15)年のこと。一時、その採掘量は「東洋一」とまで呼ばれるほどだった。

 さらに戦後、朝鮮特需で景気が良くなった昭和20年代には需要が増し、硫黄鉱石は「黄色いダイヤ」とまで呼ばれるほどになった。

 そこで、労働力確保の必要性もあって、松尾村は一気に整備された。公団住宅が一般的ではなかった時代だったにも関わらず、集合住宅は水洗トイレにセントラルヒーティング完備。また小中学校や病院も建てられ、福利厚生もばっちり。実に近代的な都市だったのだ。

 雪国東北の山間部で、当時こんな場所があったのか――。山形在住の筆者などは、資料を眺めてそんな風に驚いたものだ。実際「雲上の楽園」などと呼ばれたこともあったらしい。

 事故が起きた松尾小学校も、最盛期は児童数1,800人に達したマンモス校だったという。校舎は、立派な鉄筋コンクリ製の近代的な造りだった。

 だが人が増えれば、それだけ群集事故の危険性も高まる。群集というものの発生が近代特有の現象だと考えると、急速に近代化が進んだ松尾村という場所でこういう事故が起きたのは、暗示的だなという気もする。

 そして、この松尾村の「その後」である。

 そもそも、硫黄の採掘で栄えた鉱山町があった……などという歴史的事実そのものが、現代に生きる多くの人にとっては初耳か、あるいはすっかり忘れられた話に違いない。

 1960年代後半(昭和40年代)を境に、硫黄の価値は急落した。資源の枯渇、輸入の増加、需要減、そして安価に硫黄が生産されるようになったことなどが、その理由である。国内の硫黄鉱山は、どんどん閉山に追い込まれた。

 こうした流れで、松尾鉱山も1969(昭和44)年に強制的に閉山。翌年の1970(昭和45)年には住民も退去した。当時のアパートは、現在は心霊スポットとして有名だそうだ。

 いくつかのサイトでざっと調べてみたが、事故の現場となった小学校は今は取り壊されたようだ。

【参考資料】
◆岡田光正『群集安全工学』鹿島出版会、2011年
◆ウィキペディア

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