◆丸玉屋小勝煙火製造工場爆発事故その2(1958年)

  1958(昭和33)年7月30日のことである。

 14時30分、東京都府中市の下染屋にある花火工場・丸玉屋小勝煙火製造工場で爆発事故が起きた。

 どぼずばああああああん。

 この工場は1956(昭和31)年にも爆発事故を起こしており、なんの因果か、前の事故から2年も経たないうちにまた事故ってしまったのだった。

 今回爆発したのは13号花火仕上工場という場所で、木造平屋14坪が全焼して死者は13名にのぼった。最初は2名が即死し、11名が重傷を負って病院に運ばれたのだが、最終的に全員が亡くなってしまったらしい。

 爆発の原因はなんだったのだろう? この日は、8月1日に開かれる相模湖の花火大会に向けて、5寸玉と7寸玉を荷造りしていたという。もう後片付けも済み、作業そのものは終了していたらしいが、何らかの不注意で引火・爆発したと思われる。

 ところで「その1」でも簡単に説明したが、この花火工場での二度にわたる爆発事故と、1953(昭和28)年に起きた小勝多摩加工爆発事故は、なぜかウィキペディアでは一緒くたにされている。

 ウィキペディアの内容を編集したのが誰なのかは知らない。ただもしかすると、このように三回も立て続けに爆発事故が起きたことで、通商産業省(現在の経済産業省)も法改正に乗り出した……ということを言いたいのかも知れない。この二度目の花火工場の爆発の後、「火薬類取締規則」が改正され、取り締まりが厳しくなったのだ。

 当時、火薬類を製造する工場は全国で18ヶ所存在していた。丸玉屋小勝煙火製造工場もそのひとつだったのだが、どうも火薬類の取り扱いに関するルールが厳守されていなかったらしい。

【参考資料】
◆ウィキペディア

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