◆札幌バス火災事故(1951年)

 1951年(昭和26年)7月26日の出来事である。

 時刻は、昼過ぎの午後1時。札幌発、石狩行きの路線バスの運転席後部にて、突然火災が発生。乗客7人が死亡、32名が重軽傷を負った(資料によっては死亡者12名と書かれているので、後で増えたのかも知れない)。

 このバスは、北海道中央バス会社のものだった。運転手と車掌の他に46名の乗客が乗り込んでおり、札幌駅前の五番館(後の札幌西武)前を発車して30~40メートルほど走ったところで火災になったのだ。

 一体どうして、走行中のバスが突如として火事になったのだろう? 別項の横須賀トレーラー火災事故のように、ガソリンを持ち込んだ者でもいたのだろうか?

 その答えは今から述べる。実は、ここからがちょっとしたトリビアなのだ。

 この火災がこれほどまで大規模なものになったのは、なんと「映画のフィルム」のせいであった。石狩の映画館からの依頼があったとかで、当時、車内には映画フィルムが約20巻乗せられていたのである。

 昔の映画フィルムというのは、ちょっとした拍子に発火・あるいは引火してしまうほど危険な代物だったのである。以前、大日本セルロイド工場火災の項目で「意外な危険物」としてセルロイドをご紹介したが、これもなかなかのものだ。

 この事故で火災を起こしたフィルムは、バスに積まれる直前の約2時間ほど強い日差しにさらされていたという。それで加熱状態になったためフィルムそのものが摩擦熱で発火したか、あるいは何か別のものから引火したのではないかと思われた。

 こうした可燃性フィルム(ナイトレート・フィルム)は1950年代まで世界中で使われていた。おかげさまで、日本でも現像所や映画館ではよく火災が発生しており、例えば照明器具に接触しただけで燃えたという話もある。

 この恐るべき可燃性フィルムは1950年代初頭に生産中止となり、今では日本でも消防法によって危険物第5分類に指定されているという。ちょうど札幌のバス火災が起きた時期というのは、映画フィルムが安全なものに切り替わる過渡期だったのだ。

 もっともこの事故、死傷者が多く出たのはフィルムのせいばかりではない。車両の窓に破損防止の鉄棒が取りつけてあったり、非常時に脱出しにくい構造だったりしたため逃げられなかったという事情もあったようだ。この事故の影響もあったのか、直後にはバスの保安基準の強化も図られている。

 先述した通り、発火の直接の原因は不明である。煙草の不始末やバッテリーのリード線からの引火という可能性もあったようだが、とにかくフィルムの管理が杜撰だったということで乗務員が逮捕された。

 ちなみに同じ1951年(昭和26年)には、愛媛県宇和島でも映画フィルムの発火によるバス事故が発生している。なんとも嫌な偶然だ。

 で、偶然ついでに言えば、あの桜木町火災が発生したのもこの年である。あれも、火災が発生した車両から逃げることができずに大勢の死傷者が出た悲惨な事例で、その意味ではよく似ている。交通機関を利用するのも命懸け、そういう時代だったのだろう。

【参考資料】
ウェブサイト『誰か昭和を想わざる』
日本映画学会会報第7号(2007年2月号)
ウィキペディア「北海道中央バス」

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