なんだなんだ、うるさいぞ。住民は目を覚まし、外に出てみてびっくり仰天。なんと隣のビジネスホテルが炎上していた。しかも半端な燃え方ではない。大火事だ。
このホテルが「ビジネスホテル白馬」である。住民はさっそく119番に電話し、これが第一報となった。もしかすると、犬が吠えなかったら通報はもっと遅れていたかも知れない。
この時すでに、火災発覚から20分が経過していたという。このあたりの間の抜けた感じが、この火災事故の全てを図らずも示しているように見える。
☆
少しだけ時間を巻き戻す。当時、このホテルには宿泊客33名と従業員3名がいた。
従業員たちは、比較的早いうちに火災に気付いていた。火災報知器もちゃんと作動していたようだ。それに出火したのも1階の管理人室の前の廊下と、とても分かりやすい場所だったので消火活動もちゃんと行われたようだ(ただし資料を読んでも、それが「初期消火」と言えるものなのかどうかはよく分からなかった)。
だが、宿泊客に対する避難誘導や、消防への通報を行う余裕はなかったようだ。彼らは命からがら逃げ出している。
解せないのが、この脱出のさいに火災報知機のスイッチを切ったことである。資料にはそう書いてあったが、なぜ切ったのかは不明だ。深夜だから、鳴り続けたら近所迷惑だとでも考えたのだろうか。
いつもならここで「火災報知機を切ったのは従業員の明らかな判断ミスである」とでも書くところだ。だがもしかすると、スイッチが切られなくても、ベルの音は宿泊客には聞こえていなかったのかも知れない。資料には「外に脱出した従業員が火事ぶれを行ったことで、宿泊客たちのほとんどが目を覚ました」と書かれている。ということは、報知器の鳴動は目覚ましにならなかったということだ。
さて、宿泊客である。
彼らは火事ぶれで起こされた。そして脱出を試みた。しかしビジネスホテル白馬は、繰り返された増改築のため迷路化しており、たったひとつしかない階段からもどんどん煙が上ってきていた。階下へ行くのはとても無理だ。おそらく2階3階の宿泊客で、廊下から脱出できた者はほとんどいなかっただろう。ある者は窓から飛び降り、ある者は隣家の屋根を伝って脱出したという。
また、このホテルの火事で特徴的なのが「鉄格子」である。一部の客室の窓に鉄格子が嵌まっていたのだ。これが、20センチ幅という狭い間隔のものだったため脱出を困難にした(他の部屋では窓から脱出できた人もいるので、全室鉄格子ではなかったと思われる)。
なんでビジネスホテルの部屋に鉄格子? と首をかしげたくなるところだが、この建物はかつてラブホテルで、その名残だったとか。筆者などはかえって、なんでラブホテルの部屋に鉄格子? と逆方向に首をかしげてしまうのだが、そういうものなのか。よく知らない。
で、運悪くその部屋を宛がわれた5名の季節労働者の人たちのエピソードが、なかなか劇的である。彼らは窓から脱出できないため、救助が来るまで2階の部屋に閉じこもり続けた。うち1名は途中で廊下に飛び出して命を落としているが、リーダー格の人がドアを完全に閉めて他の3名を落ち着かせたことにより、残り4名は無事に生還したのだった。鉄格子の一本が消防によって切断され、彼らは救助された。
防火シャッターも閉じなかったらしい。最終的に、ビジネスホテル白馬は、本館と別館を合わせて663平方メートルが全焼した。
死者は7名。すべて宿泊客だった。おそらく煙を吸ったのだろう。こういうケースで、純粋に「焼け死ぬ」ということはほとんどない。大抵の死因は一酸化炭素や有毒ガスである。
さて、この火災の原因は一体なんだったのだろう。記録には以下のように記されている。
●発火源……不明。
●火元………たぶん1階の調理場。
●延焼の経過……不明。
●着火物……不明。
つまり何も分からなかったのだ。
まあ当時の従業員たちの責任は火を見るよりも明らかなわけで――ことが火災なだけに、と、これは悪い冗談――だからこそ、原因調査もあまり熱心に行われなかったのかも知れない。これは単なる想像だが。
【参考資料】
◆サンコー防災株式会社ホームページ
◆消防防災博物館
◆『火災と避難』
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