2018年5月15日火曜日

◆トランスワールド航空800便墜落事故(1996年)

 1996(平成8)年7月17日のことである。一機の旅客機が、ニューヨークのJFK国際空港に到着した。

 この旅客機は、トランスワールド航空(以下TWA)881便のボーイング747-131(N93119、製造番号20083)である。TWAはアメリカの企業で、同機はこれからJFK空港での給油と乗客の乗り降りを経て、今度は「TWA800便」に切り替わることになっていた。次の目的地はフランスのシャルル・ド・ゴール空港だ。

 ところが、JFK空港でやたらとトラブルが発生した。まず、空港到着時に第3エンジンのスラスト・リバーサー(※1)のセンサーに問題が発生し、その交換作業が行われた。また、給油作業も手間取ったようだ。参考資料をざっと読んだ感じだと、燃料タンクが満タンになる前に自動的に補給作業が中断され、仕方なくいろいろ手動に切り替えて加圧方式での給油を続けたとかなんとか。

 (※1)スラスト・リバーサー…逆推力装置のこと。ジェットエンジンの向きを逆にすることで飛行機を減速させる装置。主に着陸時の減速・制動に使われる。

 しかも、である。「乗客と預け手荷物の数が一致しない」と騒ぎになった。手荷物を預けた本人が搭乗をすっぽかすのが、航空機爆破テロのやり口である。実際、以前この手口で事件が起きている。よって厳密な確認作業が行われたが、実は勘違いだったと判明。飛行機はやっとこさ離陸することになった。19時発の予定だったTWA800便がゲートを離れたのは、約1時間遅れの20時2分だった。

 エンジン始動チェックを済ませた同便は、20時14分に滑走路22Rへの地上滑走を開始。20時18分21秒に離陸許可を得て離陸した。ここで管制もニューヨーク・ターミナルレーダーからボストン航空路交通管制センター(以下ボストンARTCC)へ引き継がれている。

 程なくボストンARTCCは、同便に対して高度13,000フィート(3,962メートル)に上昇しそれを維持するよう指示した。20時26分24秒のことである。この3分後に、乗員が次のように口にしているのが記録されている。

「見てみろ、第4(エンジン)の燃料流量がおかしい。なんだこれは?」

 だがそれ自体は問題にはならなかったようだ。ボストンARTCCは、さらに15,000フィート(4,572メートル)への上昇指示を出した。

「TWA800、上昇して15,000フィートを維持して下さい」

 同便のパイロットもそれを了解した。

「TWA800ヘビー、(中略)3,000フィートから上昇して15,000フィートを維持します」

 依然、問題はなかった。ところが、離陸から12分経った20時31分12秒、レーダー画面から突如としてTWA800便の機影が消えた。場所はJFK空港の東約45キロ地点、ニューヨーク州ロングアイランドのイースト・モリチェスから南へ約13キロの大西洋上である。同便はそこを飛行していたはずだった。

 なんだ、一体何が起きた――。管制官は必死に応答を呼びかけるが返事はない。この直後、周辺を飛行していた他の航空機のパイロットたちから、続々と目撃情報がもたらされた。

「こちらスティンガー・ビー507、たった今向こうで爆発が見えた。あー、前方のおよそ16,000フィートくらいで何かが爆発して落ちた…水中に」(イーストウィンド航空507便)

「ボストン、こちらヴァージン609、九時の方角、5,6マイルほどで爆発らしきものを見た」(ヴァージン・アトランティック航空609便)

 TWA800便が姿を消した地点の周辺が人口の多い地帯だったこともあり、一般市民からの通報もかなりあったようだ。また航空・海上警備隊の人々も、爆発の瞬間と残骸の降下を目の当たりにしてすぐさま出動している。

 TWA800便は、空中で爆発し大西洋に墜落したのだった。夜の海上には機体の残骸が散らばり、3メートルほどの炎を上げているものもあったという。

 乗客212名と乗員18名は全員死亡。「トランスワールド航空800便墜落事故」の発生だった。

   ☆

 墜落の原因は何だったのか。最初に浮上した説は次の2つだった。

①イスラム原理主義者によるテロ
②アメリカ海軍によるミサイル誤射

 まず①だが、これは、事故の発生がアトランタ・オリンピックの開会式2日前だった(実際、開会後の7月27日にはアトランタ中心部で爆発テロが起きている)ことや、事故機が墜落前にアテネにいたことなどによる憶測である。アテネは何度も航空テロの舞台になっているし、そこで爆弾仕掛けられたんじゃないのか……。また、事故直後にはイスラム原理主義者を名乗るお調子者が「犯行声明」を発信している。その上、機体の残骸から爆弾の痕跡っぽいものも検出されもした。だが最終的に犯行声明はウソ、爆弾の痕跡は無関係として否定された。

 次に②である。事故当時、ニューヨーク周辺では海軍の軍艦や軍用機が訓練中だった。また、墜落の瞬間を見た目撃者の多くが、ミサイルらしきものを見たと証言している。これらが結びついて憶測が生まれたのだが、これも最終的にFBIによって否定された。

 じゃあ一体何なんだ、という話だ。アメリカ国家運輸安全委員会(以下NTSB)による事故調査は地道かつ緻密だった。7.5キロ×6.5キロの範囲に四散した機体の残骸を10カ月かけて拾い集め、最終的に全体の95%まで回収。それを組み立てて主要構造部分を再現するという気の遠くなるような作業を行ったのだ。ブラックボックスも早い段階で回収している。

 現在でも、この事故についてネットで検索すると、組み立て中の機体の画像がたくさん出てくる。最もこの事故を象徴する画像なのだろう。原因調査には多くの専門家が参加し、ウィキペディアいわく「アメリカの航空事故史上類を見ないほどの時間と労力と費用が投入された」という。ココナッツ・グローブ火災について書いた時も感じたことだが、米国の、事故災害の原因調査に対する執念というのはそういうものなのかも知れない。

 この組み立て作業によって、事故機の空中分解の経緯も明らかになった。ちょっと悲惨すぎるのでサラッと書かせてもらうが、まず機体の下部が爆発し、そこから発生した亀裂が、あっという間に機体を一周した。これにより機首が切り離される形になり、先に海上へ落下。機体の残り部分は数秒だけ暴走してから完全に失速し、きりもみ状に大西洋へ墜落したのだった。墜落の途中で、左主翼も吹っ飛んでいる。

 この悲惨な空中分解を引き起こした原因はなんだったのか。最終結論が公表されたのは、事故発生からほぼ4年後の2000(平成12)年8月23日のことだった。それは「電気配線がショートし、中央燃料タンク内の燃料に引火した」という内容だった。

 あまりにも意外な真犯人である。爆破テロか、はたまた軍の過失かという壮大な話だったのが、下手人は「小さな火花」だったのだから、にわかには信じがたい話だ。実際、現在でもこの事故については陰謀説が存在する。しかし素人目にも、「小さな火花犯人説」は説得力も信憑性も陰謀説を上回っているように見える。

 具体的に、事故当時に何が起きたのだろうか。

 まず、「燃料が気化しまくっていて危険な状態だった」ことがポイントである。事故機の離陸が予定よりも約一時間遅れたことは先述したが、この一時間の間にエアコンがガンガン使われたのだ。真夏なので当然と言えば当然だが、問題は空調装置が燃料タンクの真下にあったことだった。フル稼働した空調装置の熱がタンク内の燃料を温めてしまい、気化を促したのだ。航空燃料というやつは、液体の状態では簡単には引火しないが、気化すると途端に燃えやすくなるという特徴がある。

 気化が進んで危険な状態になったのには、もうひとつ理由があった。事故機の機体中央の燃料タンクには13,000ガロン(49,210リットル)の燃料を入れることが可能だったのだが、離陸当時は50ガロン(189リットル)しか入っておらず、ほとんど空っぽだったのだ――とはいえそれ自体には特に問題はない。もともと、TWA800便が飛行するはずだった大西洋線は航空機の飛行距離としては大したものではないため、燃料は機体の両側の主翼タンクに入っていれば十分だった。しかし揮発性の高い燃料を容器に入れて保管する場合、容器内の空間が多いと、気化して酸素と結びつきやすくなる。だから一般的に、そうした保管の場合は容器いっぱいに詰めるのが望ましいのである。その意味でも、事故当時の機体は大変よろしくない状態だったのだ。事故機が離陸した直後に記録された、「見てみろ、第4(エンジン)の燃料流量がおかしい。なんだこれは?」という言葉も、これと関係があったのだろう。

(ちなみに、これはちょっとよく分からないところなのだが、事故機がJFK空港に到着した直後、給油に手間取ったらしいことは先に書いた。この点が事故にどう影響したのか、単に「手間取ったから時間を食って燃料の気化が進んだ」のか、それとも「手間取ったから中央タンクの給油量がほんのちょっとになってしまった」のか、文脈的に、参考資料からは読み取れなかった。)

 それでも、この程度の状況でいちいち爆発して墜落されたらたまったもんじゃない。火種がなければ爆発することはないわけで、実際NTSBも、事故当時と同量の燃料をエアコンで長時間温めたらどれくらい気化するか――を、わざわざ航空機を一機使って実験している。この程度の事態はいくらでもありうるものだった。

 事故当時は、ここでもうひとつ不幸な出来事が重なったのだ。それが電気回線のショートである。事故機は製造後25年を経た古いもので、電気配線の腐食が進んでいた。このため漏電が発生し、一緒に束ねられていた油量計システムの配線に電流が流れ込んだのだ。この電流が、中央燃料タンク内にあった燃料測定器をショートさせ、その時の火花が、気化した航空燃料に引火したのである。

 こうして改めて書いてみると、なんだか不幸な偶然が重なりすぎており、風が吹けば桶屋が儲かるみたいな話である。人によっては、「そんなできすぎた話あるかい!」と、陰謀論にリアリティを感じることもあるかも知れない。2013(平成25)年には、NTSBの元調査官が「あの最終報告は嘘だ。FBIに証拠を消された」と広言しているほどだ。頭の痛い話である。この調子では、万人が納得できるような「解決編」が示されるのはずっと先になりそうだ。

 できすぎといえば、この事故は、全体としてあまりにもドラマチックであり、その真相についてはミステリアスである。衆人環視の中での空中爆発、悲惨な機体破壊、各方面の専門家による爆発原因の「推理」、そして意外な真犯人、それでも残る陰謀説…。実際、この事故を再現・解説したドキュメンタリー動画を観てみると、ちょっとドラマ性が強調されすぎている気がしなくもない。

 こういうイメージが先行してしまうと、どうしても人はそこに「面白いドラマ」を幻視してしまうものだ。日本における、例の日本航空123便墜落事故などその最たるものである。また1952(昭和27)年に起きたもく星号墜落や、1902(明治35)年の八甲田山遭難事故も同様で、さらに言えば、これは犯罪の話なのでジャンル違いではあるが、1938(昭和13)年の津山事件もそうだ。今のように情報媒体が充実していた時代とは違い、かつてはこうした「イメージ先行」の壁を打ち破るのは難しかったことだろう。今挙げた事例で、憶測とイメージによって実態が覆い隠されて後世に悪影響を残した点というについては、一部の文筆家にも責任があると思う。

 この事故の後、ボーイング社は、燃料タンク内での引火を防止するシステムを開発した。また経営難だったTWAは、800便事故が致命傷となって2001(平成13)年にアメリカン航空に吸収された。

【参考資料】
・青木謙知『飛行機事故はなぜなくならないのか』講談社ブルーバックス、2015年
・ナショナルジオグラフィックチャンネル『メーデー!:航空機事故の真実と真相』第15シーズン第4話「Explosive Proof」
・pixiv百科事典「TWA800便墜落事故」
・youtube「航空事故の瞬間:補完編(音声編)」
・ウィキペディア