2014年1月1日水曜日

◆大牟田市天領町バス衝突事故(1965年)

 1965(昭和40)年12月21日のことである。

 福岡県大牟田市天領町の、鹿児島本線・大牟田~荒尾間の踏切で惨劇は起きた。

 時刻は午後3時45分。門司港発、人吉行きの下り準急<くまがわ>が、踏切を通過しようとした時のことだ。なんと、前方で一台のバスが横切ろうとしていたのである。

 危ない、ぶつかる! ――間に合わなかった。電車はバスの後部に激突し、吹っ飛ばされたバスは一回転。2メートル下にあった田んぼへ落下してしまった。

 このバスは、荒尾市四ツ山発・三池中町行きの西鉄バスだった。

 現場は道幅9.1メートルで、周囲は田んぼだったという。いかにも長閑そうだが、5人も死亡したのでほっこりしているわけにもいかない。一体全体、どうしてこんなことになったのか? バスの運転手はこう証言した。

「警報機が鳴ったので、バスは一度停止した。そして上り列車が通過したので、もう大丈夫だろうと思った」。

 他に資料がないので想像するしかないが、下り列車がまだ未通過だった以上、警報機はまだ鳴っていたのではないだろうか。だとすればこの運転手、その後どのような処分を受けたかは不明だが、責任は免れなかったことだろう。

 あるいはひょっとすると、遮断機なしの田舎らしい踏切だったのだろうか。いやしかし遮断機なしで警報機だけが鳴るような踏切があるのだろうか? そのあたりは想像を搔き立てられる。

 余談だがつい先日(本稿を書いている時点で2014年1月1日)、山形県内でも似たような事故があった。山形新幹線つばさと、女性の運転する乗用車が踏切で衝突し、女性が死亡したのである。

 大雪・猛吹雪の中の事故で、なぜ女性が踏切を渡ろうとしたのかはまだよく分かっていない。「つばさ」にとって初めてとなるこの事故、あまりにも似ていたので少し驚いた。

【参考資料】
◆ウェブサイト『誰か昭和を想わざる』