2018年5月27日日曜日

◆「一カ月で三十冊の本を読む方法」

 一カ月で三十冊の本を読む方法…というテーマがツイッターで話題になっていたみたいです。

 せっかくなので、僕なりの方法論をご紹介しましょう。

 僕もこうしたテーマはだいぶこだわってきました。やり方もいろんな変遷があって、今のものに落ち着いています。だからこれからも変わっていくかも知れませんが、とりあえず現時点での方法論です。

 まあ方法論というよりも「心構え」みたいなものですが。

①「一冊通読」=「一冊読了」と考えない。
②漫画の単行本や、雑誌の立ち読みも立派な読書。
③読書記録は「日付」+「タイトル」+「一行感想」で十分。

 まず①について。

 「一カ月で三十冊読むにはどうすればいいか」というテーマには、「一日一冊、しかも毎回新しい本を読むにはどうすればいいか」いう気持が含まれていると思います。

 ところで「読む」という行為は具体的にどんな行為で、どんな結果を示しているのか。

 これは人によって違うでしょうが、たぶん欲張りな人は「一冊の本を通読して、知識を得て、内容を理解して、その本を自らの血肉として、一冊の本の感想だけでブログ記事のひとつくらい書けるようになる」ことを求めているでしょう。

 これはかなり難しいので、もともとこれができていない人は、高望みをやめましょう。

 一日一冊を通読して、その本の内容をしっかり勉強して覚えることは、一日か二日くらいなら続くかも知れません。でもたぶん、普通の人には、毎日続けるのは無理です。

 とはいえ、やり方がないわけではありません。それは以下の3つです。

(1)毎日同じ本を読む。
(2)同じ作者の、似たような内容の本を毎日読む。
(3)できるだけ薄い本を読む。
(4)最初から最後まで通読するのをあきらめる。

 で、この4つのやり方を見て「またまたご冗談を」「それじゃ手抜きじゃないか」と思った方は、固定観念を捨てて下さい。

 どうせ一日一冊ガッツリ読んで学ぶのが不可能なのですから、ハードルを下げましょう。諦めましょう。

 実は(1)(2)は、一冊の本の内容や、一人の作者の考えや、あるいは物語の流れなどを把握するのに一番いい方法です。一冊の本、一人の作者にしつこくしつこくあたるのはすばらしいことです。

 (3)は、どんなに薄い本、薄い冊子でも、差別しないで「本」として読みましょう…ということです。漫画も、同人誌も、雑誌も、漫画雑誌の特定の作品だけの立ち読みも、立派な読書です。どんなものからでも、知識や知恵は得られます。

 (4)は、もともと一冊の本の内容を一気に暗記するなんて不可能なのですから、まずはテキトーでいいだろう、ということです。一行や二行読んだだけでも、それは「読んだ」のであって、全然ウソではありません。

 まえがき、あとがき、目次、まずはこれだけ読んでおけばいいのです。それで、詳細が知りたくなったら、本文を拾い読み・ななめ読みすればいい。

 次に②についてですが、先に書いた通りです。漫画でも雑誌でも、ちょっとした記事でも、立派な読書。「それを読んで何かを得た」つもりになってしまいましょう。この「つもり」が意外と大事。知ったかぶりはよくないけど、「自分はこの一行を読んで、少なくとも昨日よりも成長した」つもりになりましょう。誰に気兼ねする必要もありません。

 最後に③について。読書記録や読書ノートは、書き方について難しく考えると長続きしません。とりあえず「日付」+「タイトル」+「一行感想」だけにしましょう。

 僕の場合、エクセルのカレンダーに日記を書いていますが、その枠外に「1セル1冊」のルールで読書記録をつけています。

 セルの頭にタイトルを書く。
 その下に日付を書く。
 その下に一行以上の感想を書く。

 で、その本をまた読み進めたら、

 さらにその下に日付を書く。
 またその下に一行以上の感想を書く。

 この繰り返し。

 この「1セル1冊」のデータがたまってくると、眺めているだけで楽しくなります。なんか、「読書カード」が整然と拡げられている感覚。ときどき読み返したりして、自由に並べ方を変えたりしていると、いろいろ気付いたりしますよ。

 ちなみに「一行以上の感想」は、別にその本の内容と無関係でも構いません。僕は平気で「電車の中で読んだ」「昼休みに読んだ」「お茶を飲みながら読んだ」とだけ書いたりもしています。

 感想を書く気が起きない場合というのは、自分の中で印象に残る部分がなかったということ。それよりも、どんなシチュエーションでこの本を読んだのか?ということを記録しておいた方が、あとで内容を思い出すのに有効だったりします。

 あと、一行だけでいいと考えた方が、長続きします。

 もっと長い感想は、気が向いた時に書けばいいじゃないですか。

 一行だけでも、とにかく書く習慣があれば、いざというときにしっかりした感想を書くのもハードルが低くて済みますよ。

 最後に、まとめ。

 「読書」は、別に「その本を通読して最初から最後まで暗記して勉強して自分の血肉にする」ことではありません。

 ある本や文章について「読み取る」こと、これが「読書」です。

 読み取る、という言葉もまた小難しげですので、もっと簡単に言えば、ある本や文章と「関わる」ことが読書なのです。

 本や文章というのは、他者です。自分以外の人です。

 自分以外の人と「関わる」とき…つまり、遊んだり話したり交流したりするときに、いちいち相手のことを頭のてっぺんからつま先まで理解する必要はないでしょう。

 大事なのは、その人はどういう性格の人なのか、どういう言動の人なのか、それに対して自分はどういう印象を受けたか、そして今後はどんなふうに付き合っていこうか…ということでしょう。

 それはまた、今までの自分や、これからの自分について考えるきっかけにもなります。

 読書とはそういうものだし、それでいいのです。

 「本を読む」ことのハードルがどうしても高く感じられる人は、まずは書店で背表紙を眺めるだけでもいい。世の中にはこういう本があると知る、興味があるならその本のレビューをネットで読んでみる。そこから始まる(あるいは、そこで終わる)関係でも、その本をまったく読んでいない、その本と関わっていない、交流していない、ということにはならないのです。

 本と関わることは、最も気軽に広げられる人間関係です。遠慮は一切いりません。読書に関して言えば、誰でも「遊び人」になれるのです。一方的に親友を気取っても構いませんし、一夜限りの関係で終わりにして、すげなくフッてしまったって構わない。誰にも気兼ねや遠慮はいりません。どんな本でも、自分の好きなように付き合ってみればいいのです。

 「一カ月に三十冊の本を読む」ではなく、「一カ月に三十冊の本と関わってみる」へ。

 こう考えれば、たぶん読書はもっと気楽に、そして楽しくなります。

※ちなみに、この考え方についての参考文献は2冊。松岡正剛の『多読術』と、ピエール・バイヤールの『読んでいない本について堂々と語る方法』です。