2018年4月30日月曜日

◆復活

 自分でも何が起きていた(起きている)のか分からないけれど、たぶんスランプだったと思う。

 振り返ってみると、ここ数年「書く」ということに気合を入れて取りかかれない、書けない、そういう状況が続いていた。

 いや、何も書いていないわけではなかった。ツイッターは活用してきたし、仕事でも連日のように何かしら書いてきた。また、ちょっと気合を入れれば、書けないと思っていた文章も、ごく普通に集中して書くことができた。

 でもやっぱり、何かが変だった。ある種の文章を書こうとすると途端に手が動かなくなったり、何をどう書いたらいいか分からないということがずっと続いていた。

 それを、自分ではスランプだとは思っていなかった。ただ「状況」のせいだと考えていた。時間がない、お金がない、体力がない、総じて余裕がない。だからじっくり書くことができないと、そう考えていた。だから必死に「状況」を打破することだけを考えてきた。

 頼りにしたのは、いわゆるハウツー系の情報である。仕事術とか、手帳術とか、メモ術とかノート術とか時間術とか、ありますね。こういうものを調べまくって、こうすればもっと生活しやすくなるぞ、このやり方を使えば仕事がスムーズに進むぞ、この方法だったら小説をすぐ書くことができるぞ――と、そんな感じでいろいろ調べて実践していた。

 でも、結局それは大いなる遠回りだったのだろう。まず最初にテクニックを完成させようと考えている段階で、「書く」ことからは遠ざかっていたのだと思う。

 どうせ「書く」ための術を学ぶなら、書きながら応用的に学ぶべきだった。そもそもそのことに気付けず、そうした応用が利かないこと自体が、ひとつのスランプの形だったのではないだろうか。

 結局、さまざまなハウツーを試しては失敗して……を繰り返して、いろんな方法論が自分の中で蓄積されていき、ようやく今、「いろんな技術を同時進行で試しながら、応用的に、実践しながら、書く」ことができるようになってきた。

 理想が高すぎたのかも知れない。理想に近付くために知識を積み重ねつつ、理想のハードルを少し下げて、ようやく今ここに来られた気がする。

 そして今ここに来てみて、今まで自分はある種のスランプだったのではないか…と自覚できるようになってきた。

 本当にスランプと言えるような状況だったのかは分からない。すぐまた「自称スランプ」に陥るかも知れない。さぼっていただけだったのかも知れない。まだ、スランプからの完全なる脱却とは言えない気もする。

 それでも宣言しておこう。きうり、復活。

 なんかホームページ作ってみたり、いろんなことに手を出して迷走して、ここ数年ごちゃごちゃしていたけど、初心に帰ることにする。余計なことはできる限りリセットし、これまで蓄積されたものを発射台にして、ぼちぼちやろうと思います。

 もう一度宣言します。きうり、復活です。