2016年12月26日月曜日

◆変態の孤独とは

 昨日、槇原敬之のことを書きましたが、それと少し通じることを書きます。

 たとえば、誰かが逮捕されたとします。

 その逮捕の理由が、児童ポルノとか、少女買春とか、強制わいせつなどだったとします。

 まあ、有り体にいえば、性犯罪ですね。

 もしこれで捕まったのが有名人だったりしたら、特に日本の場合(?)、社会復帰はまず難しいでしょう(例外はあるけど稀有な例です)。

 そして世間は、当人に対して、主として失望を味わい、嘲笑を向けることと思います。

 ただ、僕は最近考えることがあります。

 人間誰しも、趣味とか性癖とかは、ありますよね。

 で、中にはそれが突出している人もいるはず。

 また有り体に言っちゃいますが、変態的だったり、異常性愛者なんていうレッテルがぴったりだったり。そういう人もいるはずです。

 決して表に出せない趣味や性癖を持っている人は、いるはずなんです。

 それを、恋人などに対してはきちんと打ち明けられる…というなら、まだよろしい。

 子供が好きとか死体が好きとか血が好きとか、ちょっとでも表に出したらそれだけで社会的に破滅するような趣味や性癖も、あるかも知れません。

 いないとは言い切れません。

 で、そういう人はどうやってその趣味や性癖や衝動を抑えているのだろう…。それを想像すると、「いやあ、きっと大変なんだろうな…」と、少しだけ同情したくもなります。

 別に、犯罪をおかしたのを同情してかばおう、というのではありません。

 社会通念上許されないことはあるし、その多くに、僕は納得しています。

 ただ、そういう趣味や性癖や衝動を持ってしまっていること自体に、同情します。

 彼ら(男とは限らないかも知れませんが)は、どんなイメージを日々思い描いて、それを抑制しているのでしょうか。

 どんな葛藤があって、それを昇華しているのでしょうか。

 過ちを犯して、その後社会に戻っていった人たちは、どんな思いでいるのでしょうか。

 ただ知りたいのです。

 そういう宿命を持っている人の実存はどうなっているのか。

 そしてどんな運命の中にいるのか。

 あえて書いておけば、僕はノーマルです。

 まあ普通の成人男子並みにスケベな程度です。ドスケベではあるかも知れません。

 たまに、この衝動は本当に厄介で、トルストイの気持ちも分かるわ~と思うことがあります。

 ノーマルの僕がそう感じるほどですから。

 ですから、アブノーマルの人は、本当に心の底から大変でつらい思いをしているのではないか。

 なにせ、発散のしようがないかも知れないんですから。

 別に、「彼らに打ち明けさせる機会を設けて心のケアをはかっていき、それによって救っていかなければならない」という文脈に持っていくつもりはありません(それが可能なら何よりだと思うけど)。

 ただ観察したいのです。

 彼らはどんな孤独の中にいるんだろう。

 その宿啊がもたらす孤独は、どれほどのものなんだろう。

 一観察者の目線で、それを観察してみたいのです。

 石を投げるのは、それからでもいいかな、と思うのです。