2016年12月25日日曜日

◆槇原敬之をおすすめする ~その葛藤と軌跡~

 槇原敬之が好きで、よく聴きます。

 ご存じの通り、槇原は同性愛者です。

 本人は公言していませんが、大方の人はおおむね察していることです。

 で、それを踏まえて槇原のCDを聴くと、特にアルバム『太陽』以降の作品は、痛々しさを感じるところがあります。

 彼の心の葛藤を、そのままたどっているような気分になるからです。

 槇原は一度逮捕されて、そこから復帰を遂げた前歴もあります。

 またその逮捕された件が、「そうか槇原は同性愛者なのか」と多くの人に気付かせるきっかけになったと思います。

 で、復帰してから最初に出したアルバムが、前述の『太陽』。

 これ以降、彼の作品には、主に以下の2つの感情がこめられるようになりました。

 ひとつは、犯罪をおかしたことについての、(ファンへの?)謝罪と感謝。

 もうひとつは、同性愛者である自分自身は、いかに「愛」を歌えばいいのか…という問いかけと葛藤。

 このふたつは別々ではなく、ごちゃごちゃと混ざり合っています。

 その結果、槇原の作る歌詞の世界は、普通の男女の恋の物語だったかと思えば、いきなり説教臭くなってみたり、突如として人類愛の方向に進んでみたりと、一気にめちゃくちゃになりました。

 正直、僕も、一時期その歌詞からは押しつけがましい宗教臭さのようなものを感じていました。

 それで少し離れていたこともあります。

 有名な「世界に一つだけの花」なんて、そうした文脈でつい聴いてしまうものですから、かえって不気味さを感じてしまったり。

 でも、今は作風も落ち着きましたね。

 上記のような混沌はそのままに、うまく昇華されていったような感があります。

 葛藤をそのまんまとんがった形で「表出」させず、上手な言葉遣いと、柔らかな物語の中でうまく「表現」しているように見えます。

 どの歌の、どういう部分を聴くとそれが感じられるのか…、そこまでは書きません。興味のある方は聴いてみて下さい。

 そして今振り返ってみると、槇原はなんと、「歌」以外では表現をしていないことに気付きます。

 たとえば僕だったら、自分が槇原のような感情や葛藤を抱えたら、まずブログやツイッターで殴り書きをしそうな気がします。

 僕は小説書きなので、本当は(?)小説で表現すればいいのにね…。

 でも槇原は、僕の知る限りでは、そういう「殴り書き」のようなことはしていません。たぶん。

 彼はあくまでも、ぜんぶ「歌っていた」のです。

 これはすごい。

 絶望の暗闇の中でも、槇原は「歌」という表現形式だけは絶対に手放さなかったんですね。

 迷いと葛藤と問いかけの中で、答えが見つからないような暗闇でもがいても、それだけは守り抜いたのでしょう。

 もう一度言いますが、これはすごい。

 今考えてみると、彼の作風が一時期、葛藤の「表出」になっていたのは、それが彼なりの暗中模索だったのでしょう。

 そこで歌われていたのは、彼の感情そのものだった。

 突然感情をぶつけられれば、人は動揺します。

 だから僕も、一度離れてしまったのです。

 実際、今振り返ってみると、彼の作品群は――『太陽』以降は特に顕著に――心の中の戦いの軌跡のように見えます。

 痛々しい戦いの記録です。

 ですから、槇原の歌は、そうした背景を知って、順序通りに聴いていくとより一層興味深く聴けるでしょう。

 もちろん、そんなの気にせず聴いてもいいのですが。

 ただやはり、ニュートラルな感覚で聴いてしまうと、あの一時期の作品群にはぎょっとする人もいると思います。

 だからやっぱり、発売された時系列に沿って聴いてほしい。

 特に、孤独とか、それゆえの葛藤とか…。そういうものを少しでも分かっている人には、おすすめしたい。

 槇原の作品を、時系列に沿ってぜひ聴いてみて下さい。

 一曲でも、うまく心に引っかかるような歌が見つかれば幸いです。