2016年2月20日土曜日

◆kindleにちょっと慣れた

 少し、kindleの使い方に慣れてきた気がします。

 kindle――。ご存知、電子書籍を読むための端末です。

 ずっと前に買ったのですが、使い慣れず、あと回線の接続とか端末の登録云々の関係がうまくいかず、「あーっもう!」という感じでしばらく投げ出しておりました。

 でも、どうしても読みたい本で、電子書籍でないと手に入らないものもありまして。

 それから、紙媒体だと高くて手が出ないけど、電子書籍ならタダ、という専門書もあります。

 そういった書籍を読むために、最初は仕方なく…だったのですが、最近やっと慣れてきました。

 やはり便利です。

   ☆

 もちろん、紙の本にも愛着はあります。

 いえ、愛着ということで言えば、やっぱり僕は「紙本派」です。

 書籍を読んだ記憶って、本の手触りとか重さとか、厚さ薄さの印象とか、書店の中をぶらついていてたまたま本棚で見かけた思い出とか、そういうものがワンセットになっているもので。

 とはいえ、そういう「アナログな」要素は、確かに書籍自体にとってはあっても無くてもいいものです。それが極力省かれる形になっている電子書籍は、確かに無駄なく地球に優しく、とてもいいものです。

 逆に、電子書籍にはそういう要素がないからダメなんだ、という考え方もあります。僕は上記のような自分の「読書経験」上、どちらかといえばこういう考え方に与するものです。

 でもたぶん、書籍が手書きだった時代から活版印刷の時代に変わったさいも、アナログ対デジタルの対立はあったことでしょう。「手書きじゃない書籍なんて…」という言い方ですね。

 テクストの成り立ちにおいて、余分な構成要素が多ければ多いほど豊かなものだと思われてきた、そういう経緯は歴史的にあったと思います。「みんなで朗読を聴くんじゃなくて、たった一人で黙々と読むなんて」とか、「本人の生の声を聞かずに、文字でまとめた講演録を読むだけなんて」とか。

 ですから、今「紙本派」で、アナログな読書が好きな僕も、読書の歴史の中で見れば、ずっとデジタル派に近いところにいるんじゃないでしょうか。

 アナログとかデジタルという言葉を使うと、定義の厳密さが問題になってきますかね。言い方を変えると、「僕だって読書の歴史の中ではどっちかというと新人類なんだ」ということです。

 ですから、好みは好みとして、時代の流れは時代の流れとして、別々に分けて考えています。別にそれで困ることもないし。

 今後、読書の流れってどうなるんでしょうね。

 ちょっと振り返ってみても、ここ数十年でずいぶん劇的な変化を遂げたもんだなと感じます。

「書く」から、「打つ」「入力する」へ。

「書かれている」「記されている」から、「写っている」へ。

「ページをめくる」から、「ページ間を移動する」へ。

「読む」から、「見る」「参照する」へ。

「調べる」「探す」から、「検索する」へ。

 自分のことをアナログだと思っている僕だって、こういう時代の変化にはそれなりに馴染んでいますからね。こうして、自然に時代は流れていくのでしょう。

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