2015年7月20日月曜日

◆安保法案賛成

 このたびの安保法案を巡るゴタゴタって、「戦争反対」だけがそれに対する唯一の主張みたいな感じで大きな流れができていますが、現実問題としてどうなんですかね。

 感覚印象で言えば、僕は大枠では憲法改正は必要だと思っていますし、自衛隊にもっと積極性を持たせるのも至極真っ当なことだと感じているのですが。

「戦争ができる国にしない」とか「あなたの身近な人が戦場に行って死ぬかも知れない」といった、感情だけに訴えるスローガンだけが暴走していて(未だにこんなスローガンが通用するのかという感慨もあるんですが)、さて現実の中国の脅威はどう考えられているのかな、と疑問を抱かずにはおれない部分が結構あります。

 現在の中国の共産党指導部の、海洋進出への意欲って洒落にならないレベルに見えるんですが、どうなの? 今、日本海は海上自衛隊からものすごく地道に防衛してもらっているけれど、現段階でも、領土侵犯する気まんまんのあの姿勢は相当ヤバいと思うのは僕だけでしょうか。

 実際、単純な目線で言えば、竹島の例があります。日本政府は戦後初めて、海外の勢力に対して領土侵犯を許してしまいました。なるほど、日本は実効支配に弱いんだなと世界中が納得したことと思います。では、そろそろ国内の経済成長に陰りが見えてきた我が国もそろそろ本気で領土拡大を狙うか……という発想になってもおかしくない(発想だけは既にあるわけで)。

 現政権が今ぽしゃったら、そこらへんの問題への対処はどうすべきだと考えているんですかね。「戦争反対」を叫んでいる人たちは。

 ただ、法案の手続きについてざっと見ると、確かに急ぎすぎた感はあります。法案の内容も、「政府が総合的に判断する」という文言とか、あんまり身近に感じられないホルムズ海峡あたりの話を例えに出すとか、その挙句に強行採決とか、これで押し通したら左翼が黙ってないのも当然でしょう。

 でもこれも、野党が言うような「慎重な審議」を繰り返していたら、差し迫っている脅威に対して手遅れになるかも知れません。また、ホルムズ海峡のような例え話を出したのも、中国を刺激しないように精一杯気を使った結果だと思います。

 たぶん、今回の安保法案の流れで反対が声高に叫ばれているのは、この「手続き」の不備が反対派の感情を刺激したからじゃないかと思うんですよね。文言がいい加減すぎる。説明が十分ではない。その挙句強行採決を行った。なんだそのやり方は、気に入らん、ということになっているのではないか。

 日本人の喧嘩の原因の大部分は「なんだその言い方は」だと聞いたことがあります。言い方、つまり表現や手続きさえ角が立たないようにすれば、日本人というのはわりと「話せば分かる」民族であるのですが、その反対の場合はすごく感情的になる。手続きというものをきちんと行わないと、相手の気持ちや立場も汲まずに潰しにかかることがある。

 安倍政権がのし上がってきた時点で、大体こういうことになるだろうと、僕なんかは漠然と思っていたんですけどね。反対している人たちは、どこかで「話が違う」と感じているところがあるのかな。結果としてはごく自然の流れなのだから、気に入らないところがあるとすればやっぱりその経過・手続きの部分なのだろう、と僕は想像していますが。

 もしそういう自覚抜きに、まったく感情的に法案反対が叫ばれているとすれば、首相が口にした(らしい)「連休過ぎれば国民は忘れる」というのも分かる気がします。感情的に過ぎる人々は、日々の情報の波に押し流されて、全てのことを忘れていきますから。竹島が未だに不法占拠されていることも、サンゴ密漁を皮切りに、海自が大変な迷惑を蒙っていることも…。

 別に皮肉でこういう書き方をしているんじゃなくて、理屈としてこういう考え方になるし、実際そうだと思うんですよ。戦後七十年、こう書いている僕自身も含めて、日本国民は見事なまでの「大衆」になってしまって、考えるべきたくさんの問題を先送りしたり忘れたりしていきました。

「連休過ぎれば国民は忘れる」発言は、例によってマスコミがどこか一箇所を切り取っただけだと思いますが、なんか僕はその一言がとても納得できます。

 てなわけで、僕はとりあえず安保法案賛成。

 右翼っぽい書き方になりますが、愛する日本の国土がこれ以上他国に侵略されないようにするには、とりあえず必要な手立てだと思います。

 あの法案が完全成立したとしても、自衛隊がいたずらに他国侵略することはないでしょうし、徴兵制の復活もないでしょう。そこらへんは国を信用します。中国の共産党指導部を信用するよりは、ずっと普通の心情だと思います。