2014年11月13日木曜日

◆「津山三十人殺し」概観~七十六年目の真実~

「津山三十人殺し」通称「津山事件」には、今まで独特のイメージがまとわりついていました。

 即ち、閉鎖的な村の中で起きた特殊な事件である。

 即ち、戦争という時代背景ゆえに起きた、極めて珍しい事件である。

 即ち、狂人によって引き起こされた、普通ではありえない事件である。

 即ち、夜這いという風習のせいで発生した、まれにみる猟奇殺人事件である。

 ……等々。

 つい最近まで、僕もそう思っていました。

 だけどこれらのイメージを粉々に打ち砕いてしまった本があります。『津山三十人殺し 七十六年目の真実』という本です。



 もともと津山事件は、『八つ墓村』やその他もろもろの小説や映画の影響もあって、上記の様な猟奇的なイメージが浸透していました。

 それを少し払拭したのが、ノンフィクション本『津山三十人殺し』という、草思社から出ている本です。これを読むと、犯人の青年にも同情の余地があったことが分かります。

 だがしかし、この『津山三十人殺し』も、どうやらかなりのデタラメが書き込まれていたらしい。

 犯人の青年が、まったく理解不能の精神異常者でなかったということは、『津山三十人殺し』を読むと確かに分かります。だけどやっぱり、どこか「まともじゃない人間」のように描かれていた感は否めません。決して精神異常者ではないけれど、彼は夜這いという風習に取り付かれた、猟奇趣味の変態青年だった…という形で語られていたと思います。

 その根拠になる部分に、ウソが入っていたらしいのです。

 詳細は省きますが、それは『津山三十人殺し』の作者自身も認めているとか。

 今回読んだ『七十六年目の真実』では、それが完全に暴かれました。

 この点が、僕にはとても衝撃的でした。学生の頃に『津山三十人殺し』を読んで、とても興味深く思っていたものですから…。まさか、多くの描写が完全にデタラメだったとは。

 さて、こうして、犯人の青年の「精神異常」「狂人」「猟奇趣味の変態」などなどのイメージが払拭されて改めて感じたのは、実はこの事件は、現代の大量殺人の先駆けだったのではないかということです。

 今までへばりついていた余計なイメージを取り除いて見ると、犯人が犯行に至るまでの経緯はごくシンプルなものになります。村人からいじめられ、精神的に追い詰められて、いくぶん被害妄想も混じって、あげく「彼らを殺さないと世界は変わらない」という歪んだ思考に陥り、ある日爆発して無理心中まがいの大量殺人を犯す…。

 この流れだけを見てみると、少し詳しい方なら、「あれっこれと似たような事件、最近も起きてるよね?」と思う方もいることでしょう。

 実際、海外ではこういう事例は珍しくありません。ニュースでときどき報じられる、学校での銃乱射事件などで、これと似たような話が結構あります。それに日本でも、犯人は自殺していないけど、秋葉原の通り魔なんかも似てる感じがします。

 狂気とか猟奇とか、そういうのをカッコに括って見てみると、逆に「時代が津山事件に追いついた」感すらあります。

 これは驚くべきことだと思います。現代社会は、今になってようやく津山事件の本質を見極められる段階になったわけです。

 また見方を変えれば、現代になって増えてきたような形態の大量殺人事件が、約80年も前に、時代を先取りして発生していたわけです。

 そのことに改めて気づかせてくれた、『七十六年目の真実』は僕にとってはものすごく衝撃的な本でした。

 80年も前に発生した津山事件は、実は現代を映し出す鏡でもあったわけです。

 今ようやく、津山事件と21世紀が向き合う時が来た――。大げさな言い方ですが、僕はこの事件について改めてそんなイメージで捉えています。