2014年6月21日土曜日

◆都議会の「女性差別」野次

 基本的に政治音痴なので、社会批評めいたものは書かないようにしています。だけど今回の東京都議会の「ヤジ問題」は別格です。

★★★

【朝日新聞より】
「自分が早く結婚すればいい」「産めないのか」。18日の都議会で、妊娠、出産、不妊に悩む女性への支援の必要性を訴えた女性都議に対し、議場からこんなヤジが飛び、所属会派が抗議する騒ぎになった。

 ヤジを受けたのはみんなの塩村文夏氏(35)。塩村氏は涙ながらに質問を続けた。ヤジは自民都議らが座る一角から上がっていた。終了後、みんなの両角穣幹事長が、自民の吉原修幹事長に抗議した。

 吉原幹事長は、発生源が自民かどうかは「わからない」としながらも、「各会派が品位を持って臨むべきだ」と話した。
(2014年6月19日05時20分)

★★★

 国会にしても都議会にしても、議会の野次については、そもそも僕はどうにも理解しがたく、なんでああいう野次が容認されているのか、日本の伝統なのか、誰も禁止しようとしないのか、さっぱり分かりませんでした。

 たぶん、お祭りと同じようなノリでしょう。「合いの手」という伝統文化があります。たぶんあれが許されている。だからその裏返しで野次も許されている。そんな感じなのかな、と想像しています。

 それで今まで品位も何もあったもんじゃない状態だったのに、今さら問題が起きたから「品位をもって臨むべき」などというのもまるきり空理で、逆に日本の議会というのはどこでもそういうレベルの低さなのかと驚きます。

 ただ、今回の野次の内容の問題については、野次そのものの是非とは少し話が違います。

 内容的に、名誉毀損や侮辱なら犯罪にあたります。しかし正直なところ、あの野次はどちらでもないと思います。ただの低レベルな差別発言。それ自体が他人に危害を与える形になるというよりも、当人の心性の下劣さが露呈するだけで、全部自分に跳ね返ってくるだけの下らなさ。愚かです。

 重要なのは、あからさまな女性蔑視のあの内容が、「本人の特定は議会の役割ではない」「本人が特定されていない以上処分はできない」というルール上の建前を盾に実質「容認」されているということです。

 政府もマスコミも完全に黙殺していますが、今の日本は、人種差別が蔓延している最低の社会になりつつあります。

 都市部では街中でヘイト・スピーチが行なわれ、しかもそれがほとんど報道も問題視もされていないため、都市の人にとってそれは「見慣れた風景」であり、地方の人は下手をすると「その存在を知らない」だったりするこの現状。掲示板をはじめとする、ネット上のあらゆる場所に見受けられる人種差別発言――。

 そういう中で、野次が容認されているという状況に便乗して、選挙で選ばれたはずの人間が、匿名性を隠れ蓑に公の場で差別発言をするようになったのです。

 こうした部分的な状況を指して「今の日本はやばい」と言うのは大げさかも知れません。

 それでもやっぱり思います。

 今の日本は、やばい。

 人種差別発言に的を絞って言えば、確かに中国と朝鮮半島との確執はありますし、外交のやり方として、あちらの国のやり方が全然間違っていない、とは言えません。

 だけど戦後、アメリカに守られ続けてきた状態がだんだん危うくなってきて、冷戦後の国際社会にも喧嘩の火種が溢れるようになってきて、これまで安寧としてきたツケが今の日本には大きく降りかかってきています。そしてそういう状況は、人心の差別感情にも影響を及ぼし、リンクして、負のスパイラルに陥って、他者に対する差別発言が許容されるような空気になりつつあるのではないか。そんな肌触りがするのです。

 今回の差別発言への議会の対応も、国際社会で孤立しつつある(ように僕などには見えるのですが)最近の日本の外交下手の構図と綺麗な相似形になっています。内側では差別を許容し、外に対しては法を盾に取って「問題は存在しない」「解決済み」という建前上の対応しかしないというこの構図。これが今回の都議会の対応であり、よく見ると慰安婦問題の対応と実によく似通っています。

 少し細かいことを言うと、慰安婦問題は確かに法律上は解決済みです。今になっての韓国の問題提起の仕方はおかしい。理不尽です。

 ただ、現に法律論だけでは解決できない問題もありますし、感情的な蒸し返しというものがあり得ないとも言えないわけで。全部法律で処理できるのなら国際社会はもっと平和なはずです。外交というのは言葉による戦争なのですが、日本はどうも上手く立ち回れていません。性善説に基づいて建前だけで話をしているようで、もうちょっとしたたかなやり方はできないのか、と、一国民としては臍を噛む思いです。

 僕は言葉の使い方として、本当はどうでもいいけどテレビが騒いでいるので皆が騒いでいる――というような下らない事件は「騒動」と呼んでいます。だけどこの度の都議会差別野次はもはや「騒動」ではなく、れっきとした「事件」です。今の日本がはまりつつある陥穽の一部を垣間見せていると思います。