2014年3月20日木曜日

◆地獄とか悪について

 アニメ『鬼灯の冷徹』のことは、原作の漫画も含めてあまりよく知らないのですが、とりあえずOPは観ました。

 子供の頃から、ものの本を見るとナントカ地獄ナントカ地獄といろいろ書いてあって、たくさんあるな~とは思っていましたが、あのOPでははっきり言っていますね。「地獄は272もある」と。

 地獄は分かりました。では「極楽」はどうかというと、これも結構あるようです。まあそんなに詳しくないのですが、どうも仏様ひとつひとつにつき、それぞ極楽があるらしい。あと西欧でもいわゆる「天国」の概念はあります。

 しかし、これはどうなのかな。具体的に数えたわけでは全然ありませんが、極楽や天国よりも、地獄とか、悪の分類とか、そういう負の概念の方が種類はたくさんある気がします。

 また僕らも、幸福や極楽や天国の分類よりも、悪についての分類の方がピーンと来るんですよね。十悪とか七つの大罪とか、有名な形で整理されているし、すごく納得できますし、インパクトがある。

 要するに、地獄とか悪とかについて、人間のボキャブラリーはとても豊かだと思うのです。

 昔、僕の恩師が言っていたことを今も覚えていますが、人間って興味や関心のあることについてはたくさん言葉を知っていて、いっぱい語ることができるんですよ。

 例えば車が好きな人は、車に関する言葉、知識、文法をたくさん知っていて、いくら話してもネタは尽きないことでしょう。

 ですから、ある物事について、言葉や概念をどれくらい多く保有しているか、というのは興味関心のバロメータです。

 そう考えると、地獄や悪に対する人間の感受性はとても深いなと感じるのです。

 モラルハザードだとか道徳の崩壊だとかよく言われますが、そういうのは実は今に始まったことじゃありません。

 特に報道などでそういうのが取り沙汰される場合は、「今時の若い者は」という文脈で語られることが多いですが、そんな言葉遣いももうホント、おそらく何千年も前から繰り返されてきたこと。

 人は、年を経ると若者批判に走るし、今の若い人だって年を取ればきっとそうなります。

 印象ですけど、僕はむしろ、人間は良い方向に進んでいると思っています。

「昔はよかったけど今は悪い」と悲観的になるのは恐らく間違い。時代を超えてずっと人間が保ってきた、悪に対する感受性はもっとずっと信用していいものだと僕は確信しております。