2014年3月11日火曜日

◆東北は「車社会」だからナンパしにくい

 地域活性化、あるいは地域おこしに関連して、「東北などの田舎は車社会だから男女の出会いのチャンスが少ない。それが少子高齢化の一因になっている」という指摘を見かけました。

 これ、一理あると思います。

 理屈としては結構、突拍子もない部類に入るかも知れません。

 現に東北などの田舎で、ふだん車を大いに利用している人からすれば「?」と思うでしょうか。また都会に住んでいて車を保有していない人は、「ふうん、そんなもんかね」で済むところでしょう。

 東北の人は、都会の男女が普段どこでどう出会っているのかを、多分よく知りません。

 また都会の人は、東北の男女というのがどのようにして出会うものなのか、よく知らないでしょう。

 ですからこの「車社会だから出会いが少ない」というのは、認知されにくいテーゼです。だけど一理あると僕は思います。

 さしあたり、僕が住んでいる山形県天童市の周辺の感覚で書きますが、僕ら雪国の人間には「車の現象学」とでも呼べるような、そんな感覚が頭の中にあります。

 何をするにも車、車、車なのです。

 たとえば休日に、どこかの店に買い物に行こうと考えます。で、その店のことをイメージします。そのイメージの中で真っ先に浮かんでくるのは、「その店には広くて大きい駐車場があるかどうか」です。

 駐車場がなければ車を停めにくい。ゆえにちょっと離れたところで駐車できるところを探さなくちゃいけない。すると、少し歩かなくちゃいけません。これが面倒臭い。この面倒臭さが、その店の価値そのものに直結しています。

 これはもう、考えるとか考えないとか以前の問題なのです。車が停めやすいか否かは、その店の価値そのものです。車を停めにくい店は廃れやすいし、道路のどの方向からでも入れて、それなりの駐車スペースがある店は息が長い。東北にはそういう部分があります。その店は、果たして駐車に苦労してまで行く価値があるのか? を、僕らは常に頭の中で天秤にかけています。

 昔ながらの駅前通りが廃れやすい、大きな理由のひとつがこれです。そういう昔ながらの商店街には、大抵駐車場がありません。あっても遠かったり有料だったりして面倒臭い。すると若い人は行かなくなります。そういう昔ながらの店は、近所の人が歩いて買い物に来ることが前提となっていたので、もうどうしようもないのです。

「近所の人が歩いて来るのが前提」といえば僕が真っ先に思いつくのは郵便局です。あれは他に代わるものがないからみんな利用していますが、田舎の郵便局は多くの場合、駐車場がおそろしく狭くて不便ですね。その点はみんな我慢して利用していると思います。

 あと「何をするにも車が前提」と言えば、飲み会。

 会社も家も近い人同士なら、帰りにちょっと飲んで歩いて帰ろう、ということも可能です。でもちょこっと離れた場所から通勤していると、もう前日あたりから車の移動の計画を立てなければなりません。

 例えば、夜に飲んで電車で帰るとします。すると朝、会社には車で出勤して、昼間のうちにいったん自宅へ車を置いてこなくちゃいけません。翌朝、自宅で乗る車がなくなるからです。で、そのように車を自宅へ置いてくるためには、誰か同僚とかにもう一台車の運転をお願いしなくちゃいけません。帰りはその人に乗せてもらうのです。そういう取り決めを前日あたりからしておかなくちゃいけない。

 朝から車を自宅に置いて、別の手段で出勤すればいいのかも知れません。例えば電車で出勤するとか、家族に来るまで送ってもらうとか……。しかし駅や自宅から会社まで遠いとそれも面倒臭いし、タクシー使えば金もかかります。

 東北人は当たり前のようにこういう暮らしをしていますが、あえて文章に書いてみると実に面倒臭いことをやっているのがわかりますね。

 あと、車社会って、デートの時に便利なようでそうでもないんですよ。

 広範囲で移動して色んな場所にいけるのは利点です。でも例えば、「お酒を飲んでホテルにお泊り」というコースの場合、さて車社会だとどうなるでしょうか。

 二人ともデートの待ち合わせ場所に車で来ているとします。その時点で、そもそもお酒を飲むかどうか、という点で考えなくちゃいけません。帰りに飲酒運転じゃまずいですからね。近所なら代行でもいいのですが、毎度そうするわけにもいかない。

 またそれは、「お酒を飲んでホテルに行く」ことの難しさにも通じます。お酒飲んだら運転して行けません。でも飲み屋街から歩いていける距離に宿泊施設があるとは限らず、むしろ遠いこともしばしば。さあどうしようかな、飲むや飲まざるや――ということになる。面倒臭いのです。

 いっそお酒飲んじゃうのなら、その後の移動はタクシーでいいや、ということになるかも知れません。それなら楽でいいのですが、問題はまだあります。その車、ひと晩駐車場に停めたままで大丈夫なのでしょうか?

 居酒屋の駐車場に停めたのなら、別にいいんですけどね。ただ、昔ながらの飲み屋街の場合、駐車場が充実していなかったりします。すると別の施設の駐車場に停めたりするわけです、スーパーとか。で、それで帰りがあまり遅い時間になったり、翌朝の早い時間だったりすると、その駐車場が閉鎖されていて車の出し入れができなくなる危険性があるのです。

 繰り返しますが、こういうことは僕ら田舎住まいの人間にとっては当たり前のことです。今さら書くまでもありません。でも都会の人から見ればびっくりするほど面倒臭いことでしょう。

 実は車社会というのは、こういう非常に不便な面があるのです。その不便さをカバーしようとすればお金がかかる。

 これでは、気軽な形で男女が出会うのも簡単じゃないよな~と僕などはしみじみ思うのですがどうでしょうね。

 極端な話、例えばストリートナンパするにしても、まず自分の車を停める駐車場を探さなくちゃいけない。女の子を飲みに連れて行くつもりならタクシーや代行のことを考えなくちゃいけない。まして女の子を口説き落とすつもりなら、駐車場はひと晩停めておいても大丈夫な場所かどうかを考えなくちゃいけない……と、こんなに障壁があるわけです。

 別にナンパできないのがもどかしいと言うわけではなくて、要は「遊びにくい」んです。

 もちろん男女の出会いは、遊びばかりではありませんけどね。狭い地域内だけで男女の交流が済んでいた時代であれば、家と家の真面目なお付き合いにも通じていたことでしょう。今もそういうのが全然ないわけじゃないけど、やっぱり「遊び」の要素はほしいもの。心の余裕はあったほうがいいです。

 車社会の不便さは、人間同士の付き合いの不便さそのものです。だから「車社会は少子高齢化に一役買っている」という考え方には、なるほどと僕は思うのです。