2013年11月25日月曜日

◆大人と子供


 くるまやラーメンで栄養をつけた時の写真。なぜかデータが一切表示されないという……。

 昨夜ちょっと一瞬ラジオで耳にしただけなのですが、大貫妙子さんが口にしていた一言がやけに気になりました。

「自分がやっていること(音楽を作ること)と子供の遊びってどう違うんだろう?」

 これについて、なんとなく考えてみました。

 大貫妙子さんは歌手です。で、音楽作りという、自分の好きなことを職業にできていることを幸運だと言っていました。

 好きなことに没頭する子供と、好きなことを仕事にしている大人。これはどう違うのか。

 別に難しい話じゃないです。

 子供も「ものづくり」はしますね。積み木を積んだり、折り紙を折ったり、おもちゃのブロックを組み立てたり、粘土をこねたりします。

 でもたぶん、子供はそうして作った作品を「生かす」ことができないのだと思います。

 生かすことができない。つまりそれは、作品に生命を与えることができないということです。

 なぜなら子供が作るそうした作品は、誰も必要としていないからです。必要とされていないのだから、誰も認めてくれません。

 何かを生かすこと、生命を与えることというのは、他者に認められることでもあるんですね。

 大人の「ものづくり」は、その点が全然違います。大人は、逆に他者が認めるものしか作りません(この場合の他者とは、自分自身も含む)。だから逆に、それが極端になると自分を見失うこともあるかも知れません。でもとにかく、うまくいけば他人に認められるものを作れる。そうして自分の作品を「生かし」て、生命を与えることができます。

 つまりここでしょうね。文学的な言い方でまとめると、子供は与える生命というものを知らない。だけど大人はそれを知っている。生命の作り方、いわゆる「息の吹き込み方」を知っている存在なのです。