2013年11月16日土曜日

◆余計なこと


 人間って残酷だよなあ……なんて野暮なことを考えてしまった1枚。ま、確かにおいしいけど。

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 昨日は、人から「今の仕事についてどう思うか」といろいろと質問される機会がありまして。

 それに答えているうちに、ふだんつらつらと考えていたことが繋がって、いわば点が線になっていく感覚がありました。

 今の僕がやっている仕事には、意外とクリエイティブな部分が多いです。実際にやってみて分かりました。

 ただ、まだ今年度からやり始めたばかりです。

 だから今んところは、これまでの前任者が積み重ねてきたことをなぞるので精一杯。

 で、なおかつ一年間を通してどんなリズムで仕事をすることになるのか、それは手探りで掘り進みながら辿っている状態です。

 まあ、決まりきっているところは、トコトン決まりきっているので、とりあえず一年間やってしまえば、そこはほぼ完全に工程化できると思うんですけどね。

 そして工程化がある程度きちんとできたら、たぶんそれを踏み台にして、先に書いたような「クリエイティブ」なことをいろいろ実践できるんじゃないかな、と考えています。

 具体的にはなんなのかというと、要するに「宣伝」なんですけどね。

 じゃあ宣伝におけるクリエイティブなことってなんなのか。これは、さしあたりは、言い方は良くないですが「余計なこと」と答えておきます。

 いつもと同じことを、決まりきったところから情報発信するだけじゃ勿体無いと思うんですよね。季節の風物詩としては話題になるかも知れませんが、なんかね、発展性がないというか。

 でもそこで発展を目指すと、これは大げさに言えば未知の世界に踏み出すということですから、今までよりもプラスアルファの力が必要です。

 しかも、うまくいくかどうかは分かりません。それでもやらないよりはやった方がいい。じゃあそこで発信者はどうやってやる気を出せばいいかというと、自分が面白いと思うようにやるしかないわけですよ。

 これをとりあえず僕は「余計なこと」と呼んでいます。

 いつもの決まりきった情報に、なんかこう、僕が面白いと思った余計な感想とか、余計なひとこととか、そういうのを付け足すような感じで発信していくような感覚です。

 たぶんここで、先に書いたようなクリエイティブな感覚が試されるんだと思います。うまくいくか分からないし、空気が読めずにやっちゃいけないことをやってしまうかも知れませんし、やりすぎてしまうかも知れない。そういう危険性もあるので、あくまでも「余計なこと」と呼ぶわけですが。

 でも、くまモンなんて、そういうやり方の最たるもので、しかもうまくいった好例だと思いますよ。

 あとネット上でお世話になっている原宿米さんとか、あきた四コマち! のこばやしさんとか、そういう方々がやっていることって、実はそういうことだと思う。

 見田宗助(字、あってるっけ?)の『現代社会の理論』という本があるんですけどね。モノそのものの発信ではなく、モノに付け加えられた、形のない情報やイメージの方を大きく膨らませて、その情報やイメージの方を消費者に味わわせて「消費」させることがより現代的なあり方だ、それってとてもエコじゃないか、バタイユじゃないか……っていう趣旨だったと思います。

 実際、インターネットの普及で、現代社会はよりそういう方向に近付いている気がします。これは私見ですが、ボードリヤールよりも、よりバタイユの方向へ近付いているんじゃないかな、と。

 付け加えられた余計な情報や、余計なイメージを消費すること。これはまさに、くまモンだと思うし、原宿米の子供たちだと思うし、あきた四コマちのユリちゃんたち(あえてユリを前面に押し出す)だと思うんですよ。

 理屈を語ると大げさになってしまいますが、頭の中ではそんな方向性でやっていきたいなと。こんなことを最近は考えています。