2013年10月8日火曜日

◆現在悩んでいること


 山形県村山市某所のそば花畑です。

「やりたいことがたくさんあって困る」というのも贅沢な悩みですが、それでも悩みは悩みとしてあります。

 先日、ある人(友人)から「いっそ世に出すなら完璧なものを、なんて考えてたら永遠に作品が出来上がらないよ」と言われました。

 そうかも知れないな、と思います。てゆうか、薄々勘付いていたことではありました。

 今、僕の手元には大量の文章があります。昔書いた小説、ルポ、エッセイ(?)、読書感想文等々。

 創作者は「前に進む」ことが大事だとは思いますが、少なくとも今の僕にとって「前に進む」とは、過去の自分を総決算することらしい。昔の書いたものを振り返って自分自身を見詰め直すことに対し、多大な欲望を感じています。前に進むは前に進むでも、後ろを向きながら進む感じでしょうか。

 で、何がしたいかというと、前述の大量の文章について「完璧な書き直しを」して、kindle同人誌の形で世に送り出そう、そう考えていたのです。

 あるいは逆のパターンもあります。完璧な書き直しができない作品については、世に送り出すことはするまい。そうも考えていました。

 しかし冒頭の友人のひとことで、「それもどうかな」いう気がしております。

 もちろん最低限の誤字脱字チェックはするでしょう。でも、言い方は悪いかも知れませんが、「どうせ」後で読み返せば、大抵の文章は、畜生ここ失敗した、とか、あそこをああすればよかった、とか、考えてしまうものです。

 よっぽどのものでない限り、自分にとって未熟に見えるものも、それはそれとして、そういう形で世に送り出すのもひとつのやり方なのかな、と。

 実際には、ネット上で作品を公開する程度であれば、手直しや修正はいくらでも可能ではあるわけですし(ただもちろん有料で購入する方への誠実さ、という問題はあるわけですが)。

 もしこの考え方に一理くらいあるのであれば、さしあたり以下のことを考えております。

◆『事故災害研究室』→今まで書いた分をいったん全部放出する。
◆『囲碁の娘』→囲碁の専門家の監修なしで、全部放出する。
◆『花束を抱き寄せて』→表紙・挿絵等を総入れ替えして、全部放出する。

 皆さんはどう思われますか。この文章を読まれた方は、ひとことでも意見感想など寄せて頂けると嬉しいです。