2013年10月22日火曜日

◆過去と自意識


わが社の某フロアの某スペース。光の加減を見ようと、試し撮りした時のやつです。

ユニコーンの『ヒゲとボイン』で、「若いくせにヒゲなんか生やし」てる社長から、主人公がこう言われるシーン(?)があります。

「君を見ていると昔の僕を見るようだ。女にうつつを抜かすと私のようになれないよ」――。

この「まるで昔の自分を見ているみたい」という感慨は、僕の中にもたまに湧いてきます。年取ったんでしょうね。

とは言っても、大して人生経験積んでいるわけでもないので、もちろんごく限られた事柄について、だけですが。

正直なところを言えば、この「まるで昔の自分を見ているようだ」という言い方は、今の自分はもう昔の自分じゃない、現在はちゃんと成長しているんだ――という変な自負が裏側に潜んでいるようでイヤです。

だからこそ、上述の『ヒゲとボイン』でも、イヤな社長のイヤな言葉として出てくるのでしょう。

そして実はこの社長、上のように言っているにも関わらず、歌の歌詞の中では自分自身もしっかり現在進行形で「女にうつつを抜か」している(笑)。なにげない歌詞ではありますが、ここにはちょっとした真理が示されているように思います。

ある人を見て、「まるで昔の自分を見ているようだ」と思うとき、それは昔の、ではないのです。おそらくそこに投影されているのは、端的に自分自身のことなのです。

あんまり小難しい書き方はしませんが、過去とはいえ自分自身を客観視するのって、そう簡単な操作ではありませんから。

過去の自分を思い出すというのは、その時の身体的な動作や言動、感慨のイメージをそのまま自分の中に蘇らせるということです。ただ単に、かつて見たものを思い出す、というのとはワケが違います。

そういうときって、過去と現在の境目って、実はあんまりはっきりしていないと思うんですよね。もちろん過去は過去だけど、思い出すにしても、経験したことを現在の自分の身体レベルにまで引き寄せて、そしてそれを改めて過去のものとして意識の内部で切り離すことによって、それはやっと過去になる。実際にはそういう操作が頭の中で行なわれています。

現在の自分と全く関係ない事柄であれば、思い出すこともありませんから。

現在の自分と、切っても切り離せない関係にあるからこそ、「昔の自分を見るようだ」という感慨も湧くのです。