2013年9月23日月曜日

◆僕とメモ術①


 昨日のお社のあたりからの風景。山形県村山市の南側です。


 メモは、いろいろ取っています。

「小説書いてるくらいだから、気になったこととか、いつもすぐメモしてるんでしょ?」と昔からよく言われてきました。

 まあ確かに、小説を書かない人よりは、メモを取る機会は多かったと思います。ただ実を言えばつい最近まで、それほどマメではありませんでした。

 マメじゃなかった理由は、3つほどあります。

1・会話の途中とかでメモすると引かれる。
2・メモするタイミングを外してしまう。
3・面倒臭い。

 で、最終的には忘れてしまうんですね。

 こうして記憶の果てへと押し流されてしまったネタが、一体今までいくつあったことか……。

 とはいえ、忘れてしまうネタというのは、所詮その程度のネタだったとも言えます。

 一度そのように開き直ってみると、今度は「別にメモって必要なくね?」みたいな感じになってしまいまして。

 あと、今はやめましたが、10年くらい前まで僕は日記をつけていました。学生の頃、精神的に死にかけたことがあって、なんとか状況を打破しようと日々のことを記録し始めたのです。

 その日記をつけているから、メモはしなくても安心だという思いもありましたね。

 でもメモに比べると、僕の日記は文章量が膨大すぎて、とても後で読み返せるような代物ではありませんでした。実際、今も日記帳は保管してありますが、読み返したことはありません。

 10年くらい前、就職して間もなく、日記はつけなくなりました。毎日同じような仕事をしていると、記録をつけるのが虚しくなってきちゃって。

 だから、今まで日記をつけていたので、今さらメモに切り替えるのも、なんとなくやりにくくて。それに上述の通り、就職してからは毎日が同じ仕事の繰り返しで、メモするほど面白いことも見つからなくなっていきました。

 もともと「ネタは日常にあり」が信条だったので、日常の中でネタが見つからなきゃもうおしまいだ、という思いもありました。

 本当はそうではなく、ネタを見つけるほどの心の余裕がなかっただけなんですけどね。だから実際には、心の奥底で「メモしなきゃ、メモしなきゃ」と思ってはいるのですが、やらない。そういう状況がずっと続いていました。

 だから書店や図書館で、いわゆるメモ術や手帳術のハウツー本を見つけると、ほとんど反射的に手に取っていたものです。上記1~3の問題をクリアできるようなメモ術が、きっとあるに違いない、と思っていたんですね。

 デジタル化も色々試してみました。ガラケーの頃はメモ機能を利用し、スマホになってからは音声メモを利用し……。

 でも、ダメでした。なんか、身につかなかったのです。

 メモ術には以下の2つの段階がありますね。

1・メモする段階。
2・メモを整理する段階。

 この2つともダメで、自分に合うやり方が全然見つかりませんでした。

 でも今は180度変わっており、1も2もクリアしています。ほとんどメモ魔です。

 では僕の中で何がどう変わったのか――。それは明日書きます。