2013年8月27日火曜日

◆佐藤優『読書の技法』と『どんな本でも大量に読める「速読」の本』

 久しぶりに「読書術」関連の本を読みました。2冊です。

まず1冊目。


佐藤優という人は名前だけ聞いたことがある程度でよく知りませんが、これは正直いい本ではありません。

帯で「誰でも本物の知識が身につく」と謳われていますが、そりゃまあ、著者の佐藤氏と同じくらいのバイタリティがあって、なおかつこの本に書かれているのと全く同じやり方をすれば、同じくらいの知識が身につくでしょう。だけど本の中で紹介されているのは、シャーペンや定規などを準備して、ノートへの書き込みまで行うという、死ぬほど面倒臭いやり方でした。とても実践する気にはなれません。

著者が、今までそういうやり方で読んだ本として挙げているタイトルも、なんか全然一般向けではありません。遠い世界のお話です。なんかもう完全に煙に巻かれている感じ。しかも文章がいちいち偉そうなので、権威に弱い人はこれで納得させられてしまうのでしょう。

たぶん、著者も本当はこう思っているでしょう――素人が自分と同じ読書法をやれるわけがない、と。

結局これは一種のファンブックで、「頭のいい人はやってることが違うねェ」と感心するための本だと思います。売れたのも、著者の知名度ゆえでしょう。

さて2冊目として、これも読みました。


こちらはまさに雲泥の差で、極めてオーソドックスで良心的な内容です。個人的には、とてもしっくりきました。

ただ「ある意味で」読書術・速読術の初心者向けではありません。そうした術に関するたくさんの本を読んで、いろんな方法を試して、そして挫折してしまった人が最後にたどり着く本だと思います。

僕が今まで読んだ読書術・速読術関係の書籍で、いい意味で後々まで印象に残ったのはこれまで2冊あります。斉藤英治の『最強の読書術』と、ピエール・バイヤールの『読んでいない本について堂々と語る方法』です。

そこへ、今回はこの本を入れてもよさそうです。『どんな本でも大量に読める「速読」の本』、タイトルはありがちですが、一見の価値ありです。

さて、今回の2冊の本に対する感想の違いは、僕の中でも最近ようやく固まってきた「読書観」に基づきます。

佐藤優の本は、読書に付随して必ずノートをとることを薦めています。しかし個人的には、読書術は読書術であって、ノート・メモ術は別だと思います。

もちろん、読書ノートをつけるのは大いに結構なことです。だけどそれは読書術・速読術の範疇からはちょっと外れると思うんですよね。

まあ、読書術もノート術も、全部ひっくるめて「勉強術」と考えたとして、こうした「勉強術」として巷に出回っているいろんな技法のうち、どこからどこまでが普遍性を持つものなのか、僕にはなんとも言えません。でもとにかく、佐藤優のノート術や、あるいは少し前に売れた『読書は一冊のノートにまとめなさい』などで紹介されている技法は、普遍的に誰にでも妥当する正しいやり方というにはちょっと特殊に過ぎると思います。

まず第一に、こうしたノート術を編み出すというのは、ライターとか評論家などのプロです。そういうことが職業柄必要だからやるのです。

よく僕は例えに出すのですが、『宮本武蔵』で吉岡一門に襲われている武蔵が、無我夢中で戦っているうちに、気がついたら両手に太刀を持って二刀流の端緒を掴んでいた――というシーンがあります。

ハウツー本で紹介されているノート術やメモ術って、そういうものだと思うんです。必要に迫られた人たちが、戦いの中で咄嗟に編み出して、それが自然に習慣になっていって、そして体系的にまとめられたもの。

必要は発明の母。つまり「読書をしたら必ずノートをつける」なんていうのは、目的を持って読書をする職業人向けの技法です。

「レーニンはノート術の天才だったので参考にすべき」みたいなことも書いてありましたが、それだって状況的に追い詰められていたからこそ、苦肉の策で編み出されたものでしょう。追っ手に狙われたり、将来的に革命を起こすつもりでもなければ、全く真似をする必要はありません。

そんな「読書+ノート術」を身につける必要があるようなライターや専門家はごく少数でしょう。また、そういう人たちは最初から自分なりのノウハウがあると思うので、今さら他人のハウツーをまるきり真似するとも思えません。

ビジネスマンの中には、あるいは参考にする人もいるかも知れません。でも正直なところ、そうした人が読むものはさほど難解ではなく、読解が容易だったりします。また難解なものを読まなければいけないとしても、ジャンルの範囲が狭いので数さえこなせばそのうち普通に読めるようになるでしょう。

そして「読書術」に関心を持つ大部分の読書家は、単に本を読むのが好きな人です。好奇心という欲望ゆえに本を読む人です。

そういう人たちは、別に目的意識を持って読書をする必要はありません。専門書だって、新書だって、寝そべって娯楽として読めばいいじゃありませんか。いちいち机に向かって文房具片手に読むこともないでしょう。寝そべって適当に読んで、興味があればページの端っこを折る、その程度で充分です。

もっと速くたくさん、読書の快楽を得たい。楽しいから読む。それでいいじゃありませんか。食欲や性欲は、あまり過剰だと身を滅ぼしますが、読書欲くらいならむしろ健全です。

だから僕は「読書用ノート」は使いません。よっぽど必要な文章や印象深い箇所は再読したりしますし、本当に必要に迫られればごく普通にメモしています。それで別に不便を感じることもありません。

ですので、変なノート術まで紹介している1冊目よりも、2冊目の方がしっくり来たのです。2冊目の本は、誰でも気軽に出来る上に、簡単で、ごく当たり前で、しかも自由にできるいいやり方が紹介されていました。