2013年7月23日火曜日

◆漢字の話、執筆活動の話


また「天童タワー」「将棋むら」の写真ネタで引っぱりますが、建物の中では将棋の駒づくりの実演を見ることができます。この日は空っぽでしたが。昔、一度見たことがあります。

漢字は不思議ですね。文字と読み仮名の関係の不安定さは、言葉を扱う人間存在の不安定さそのものを示しているかのようです。

例えば「暴露」という言葉がありますが、これっていまだに僕はぼうろ、と読みそうになります。答えはばくろ、なわけですが、「暴」をばく、と読むのって他に(多分)ないですよね。

もちろんこれに部首をくっつけてやれば、たちまちばく、になりますが。爆とか瀑とか。

あと一般的に使われている「既視感」という言葉。まあ漫画や小説ではこれに気取ってデジャヴなどという読み仮名をつけるわけですが、実はこの「既視感」という言葉は辞書には載っていません。ひとりでに人口に膾炙したものです。こういうのってたまにあって、「舌滑(かつぜつ)」という言葉もそうです。

五月蝿い、などという当て字の造語がきちんと辞書に載るのに(この言葉は某文豪が作ったものだそうですが)、既視感や舌滑という、すっかり一般的になったというだけの言葉は常用漢字と見なされない。言葉の世界は意外に権威主義的。

話は変わりますが、最近になってようやく気付いたことがあります。今年度はあまり創作活動ができないかも知れません。

4月から僕は新しい仕事を任されたのですが、これは休日出勤が当たり前のような役割です(とはいっても、休日出勤の場合でも朝から晩まで重労働しているわけではないのですが。ただやっぱり、休みの日にきちんと休んだという感覚は乏しくなります)。

で、僕は基本的に平日の夜、仕事が終わってから執筆活動をすると非常に能率が悪いタイプです。疲れてるんです。帰宅するとリラックスしちゃうんです。ご飯をたべればなおさらで、寝てしまうのです(だから平日は執筆を諦めて、いっそ体を鍛えようとジムに通っている)。

だから執筆するとしたら土日や祝祭日ということになりますが、今の仕事ですとそれもちょっと難しい。

ほんの少しでも時間があれば、ほんの数行でも書き進められる。確かにそうも思うのですが、執筆ってある程度まとまった時間が必要なんですね。スキマ時間だけできちんと書くのは難しい。ブログの文章ならともかく。

ですからメリハリをつけて、書けない時は書けない、でも時間が取れたらきっちり書く、そういうリズムで今年度は臨むべきなのかなと考えています。