2013年6月7日金曜日

◆「人間が描けていない」てのは


山形県尾花沢市、宝栄牧場。

ここは本当にすばらしい場所で、天気もよかったので言うことなし。ただこれを撮った時点で牛はまだ放牧されておらず「ただの高原」という状態でしたが。

僕の拙い写真技術では、この場所の魅力を伝え切れないのが残念です。とりあえず4日間くらいはブログで毎日この牧場の写真を出しますので、お覚悟を(笑)

ところで、文芸作品に対する批評(小説に限る?)で「人間が描けていない」というものがあるそうです。

あるそうです、というのは、僕はまだそういう批評文にお目にかかったことがないからです。

島田荘司率いる新本格の面々がデビューした当時、それが本格形式のミステリに対する批判の常套句だったとか。そんなことをずっと以前に聞いたことがある程度でした。

「人間が描けていない」……。まあ含蓄の深い言葉のようではありますが、よく考えてみるとひどい言い方です。

小説で人間が描かれていないとすれば、一体なにが描かれているんだ、という話になると思います。

僕は逆に、「人間が描かれていない文芸作品などない」と言いたいですね。

人間にとって、この世界とは、人間世界です。

たとえミステリのように、いわゆる人間性がカッコでくくられて、トリックやロジックや現実にありえないようなストーリー展開が採用されていたとしても、そこには不在あるいは過剰という形で人間性が描かれています。

人間の登場しない情景描写にすらも、人間性は現れています。

じゃあ人間性ってなんだ、と言われると返答に窮するのですが……。

逃げるようですが、人間性について説明するのも人間ですからね。その説明そのものが、文芸作品の描写と同様に「人間を描く」ものになってしまうため、人間性なるものを客観的に示すのはまず無理でしょう。

さしあたり「人間が描かれていない文芸作品などありうるだろうか。いやない」という、反語形式で語るしかなさそうです。

反語って便利ですね。