2013年4月9日火曜日

◆facebook批判

 たぶん同じことを感じている人は何万人もいると思うのですが、facebookの「いいね!」というボタンには常々違和感をおぼえます。

話題によっては「いいね!」という言葉が不適切なものもありますからね。

風邪をひいたとか、嫌なことがあったとか、そういう話題にまで「いいね!」とコメントするのはどう考えてもおかしい。

その点、ツイッターの「リツイート」「お気に入り」というのは、図らずもよくできてるなあと思います。実際に利用する人たちの気持ちを、大きくカバーしていますよね。

facebookはなんというか、ツイッターに比べると能天気というか、単純至極な性善説に基づいているというか、とにかく参加している人たちはみんな良い人たちばかり、というような前提があるように感じます。

おそらくfacebookの、機能的な意味での変な融通の利かなさも、そうした性善説ゆえなのでしょう。

以前、「いいね!」を「どうでもいいね!」に変えられるソフトがあるとかなんとかニュースで見聞きしたことがありました。あれは素晴らしい発明ですね。

ああいうふうに、自分でいろいろ作れるといいのに。どうでもいいとまでは言わなくとも、「大変だったね!」とか「見守ってるからね!」とか「笑うしかないね!」とか。

(そういう細かいことを言いたいのならコメント欄に書けばいいじゃん、と言われそうですが、あくまでもあの「いいね!」ボタンの話です。あのボタンが、わざわざコメントを書かなくともワンクリックでアクションを起こせるという便利さゆえの存在感を持っているのは明らかですから)

世の中、いいことばっかりじゃないんですよ。

親しい人間関係の中にだって、うんざりするようなことはあるんですから。

ましてや、それ以外の人間関係においてをや、です。

いいことも、悪いことも、みんなで共感し合ってこその「つながり」ではありませんか。

手を取り合う「絆」もあれば、厳しい視線で批判をする「絆」もあるんです。

微細な人間関係を、もっと大きく包括できるような懐の深さが欲しいですね、facebook。