2013年2月25日月曜日

◆吉野茉莉さん『冷たい花火と優しい暗号』感想



『冷たい花火と優しい暗号』(以下『冷たい』)は、電子書籍界で活躍中の吉野茉莉さんによる、「藤元杏シリーズ」の第二作目にあたります。

※著者インタビューはこちら
※第一作『彼女のための幽霊』はこちら

物語は、主人公たちが、七夕の短冊の中から暗号めいた文言を発見するところから始まります。この七夕飾りは学園のイベントで出されたもので、おそらく暗号を仕掛けたのも学園内の誰かに違いない。ではその人物は誰なのか? 果たしてその意図は? 主人公たちは暗号を解読し、それらを突き止めようと試みます。

この解読の過程だけでもひとつの短編小説になりそうなくらいです。しかし物語は一筋縄ではいきません。暗号の解読は、主人公たちと因縁のある、ある一人の人物にそのまま繋がっていきます。謎解きの果ての思いも寄らない展開に、主人公たちはいくぶん動揺しつつも、その結末を見届けようとします。

さらにこれと並行して、本編の語り手である杏の身辺の状況も急変します。小さい頃からの馴染みである「お兄ちゃん」の、突然の結婚宣言に、彼女の心は否応なく揺さぶられます。しかも「お兄ちゃん」の婚約者の女性は、彼女にとっても見知った人物でした。

暗号解読と、揺れる少女の心。ふたつのストーリーは火花を散らすようにして交錯し、そして彼らの物語は少しずつ、それぞれの決着に向けて拡散していきます――。

☆注意☆
以下は、前作『彼女のための幽霊』もあわせて、ネタバレを含んだ内容になります。未読の方はくれぐれもご注意ください。

前作『彼女のための幽霊』(以下『彼女の』)の感想は以前一度書きましたが、少しおさらい。『彼女の』は、主人公たちが真正面から謎に向き合い、さらにその過程で自分自身との内面とも対峙するという構成になっておりました。つまり、謎解きをメインに楽しみつつ、謎解きの行為がそのまま主人公たちのドラマになるという造りです。

そしてその最後の解決編は、ただ単に謎に対する解決が与えられてハイおしまい、というものではありませんでした。メタ構造とでも言えばいいのでしょうか、解決編で描き出された構図が、そのまま物語の構図になってるというものです。謎とそれに対する解決編が、そのまま物語の描写になっている。世界は何も変わっていない。でも、謎の発生によって一度は破られた日常の世界が、解決編によってそのまま再び日常の世界に戻っていきます。謎と解決をいったん通過することによって、舞台である学園の日常はますます生き生きしたものとして描き出されるわけです。

その前作と、今回の『冷たい』との大きな違いだと思うのは、前者がいま書いたような意味で「学園小説」だったのに対して、今回は登場人物たちが学校の外に出ているという点です。

もちろん『彼女の』でも学校の外のシーンはありました。だけど前作におけるその主要な舞台はあくまでも学校だったと思います。与えられた謎も、示された解決編も、いずれも学校ならではの内容でしたからね。

一方、『冷たい』は、とりあえず暗号というメインの謎解きについて見る限りでは、その舞台が学校である必要は必ずしもないように思われます。解決編にまつわるドラマも、杏、ポチ、そして一之瀬先輩との、個別の人間関係に集約されていますしね。

今回の物語の大きなポイントは、やはり杏の「お兄ちゃん」の結婚と、それによって揺さぶられる少年少女の内面にあるように見えます。今回の彼らは、学園という舞台で与えられた役割を果たすだけの登場人物ではありません。それぞれの思惑で動きながら、以前は見せなかった一面を垣間見せてくれます。それは、脇役である柏木さんや一之瀬先輩についても同様です。

まあ確かに、ふつうに考えれば、学園での生活が彼らのすべてではないはずです。学園の外では家族もいるし、友人との付き合いもあるし、恋人だっているでしょう。『冷たい』は、そうした方面も包み込む形で、広い意味での「解決編」を与えようとする物語です。

ところで、学園の外の世界とは、つまり現実の世界だと思います。

僕自身の話になりますが、僕も学校を舞台にした小説を書いております。その中では、学校という舞台はあまり現実的なものではなく、むしろ現実から隔離された安全地帯として描いています。家族関係や経済関係などの現実的な世界から切り離されて、十代の少年少女が自由に力を発揮できる場として描いているのです。ですから僕にとっては、学園の外の世界というと、大人の論理でまとめられている現実の世界です。

当シリーズは単なる学園ものではなく、学園ものとしての物語も包み込んだ青春小説なのでしょうね。

『彼女の』のストーリーは、すべてが学園内の出来事か、その延長線上にありました。個性的な登場人物はケーキのデコレーションのようにきらびやかで、彼らの日常は渋谷系ポップスの軽妙な言葉によって彩られていました。そこは、現実の介入してくる余地が比較的少ない安全地帯だったと思います。

でも今回の『冷たい』では、そんな時代の終わりを予感させます。作者は「さあ、外に出る時間だよ」と声をかけながら、ポチと杏の背中を現実の世界に向けてそっと押している、そんな感じがします。

ここで僕が現実現実と書いているのは、過去のことも含みます。ポチが抱える過去についても、今後はなんらかの形で、試練として立ちはだかってくるかも知れません。一之瀬先輩は、そのような過去との唯一の接点であり、いつか折り合いをつけなければいけない現実の象徴です。彼ら二人は、『冷たい』の中でもある形で対決し和解しているように見えますが、まだ最終的な決着という感じではないですよね。どうでしょうか。絹木さんのキャラクターも謎めいたままですし、彼女は今後どのようにストーリーに影響してくるのでしょうか。

でも作者は、キャラクターたちをいたずらに現実の世界へ押し出そうとしているわけではありません。十代の頃の時代は、いつか必ず終わります。いつか終わる、ということも含めて、そういう時代なのだといえます。当シリーズは、そうした部分も含めて丸ごと包み込んでいるようです。

当シリーズは、爽やかさだけでは済まない、一筋縄ではいかない作風です。例えば主人公の杏は、キャラクターとしてはどこかザラついた感触がありますし、一之瀬先輩の容赦のなさは鋭いナイフを連想させ、読者に浮ついた感覚でいることを許さないところがあります。

だけど例えばポチ、柏木さん、杏の三人の三角関係は、危うくも心地よい絶妙なバランスです。またポチと一之瀬先輩の、夏祭りでのさり気ない仲直り(と呼んでいいものかどうか微妙ですが)のシーンも「なんだ本当は仲いいんじゃん」という気分にさせてくれます。そしてさらに、このシリーズでは初登場となる北条先生もまあ、なんというか、怖いだけじゃなくそれなりの人間味もあります。

いつか杏は気付くのでしょうか。揺れ動いている自分自身の心が、実は思いも寄らないほど多くの人々の優しさに包まれているのだ、ということに。

残念なことに、彼女はそうしたことについてあまりにも鈍感なのですが――その鈍感さゆえに、彼女はまさに青春時代真っ只中にいるのだと言えるのですが――そんな杏を見守り続けるポチも、眠たげな顔をしつつも、やはり彼女の動向は気になっています。前作では頼れる名探偵だった彼も、個人的な人間関係になってくると、なんと申しましょうか、空気が読めないというか優柔不断というか朴念仁というか、読者をこそばゆくもどかしい気持ちにさせてくれます。

ポチについては、彼の本性はまだ隠されたままなので何とも言えない部分がありますが、彼のそうした不器用な側面も、優しさゆえなのかなと思いますね。

物語全体がさり気ない優しさに包まれているこの雰囲気も、まさに当シリーズの特徴です。

登場人物たちの思いは、今回の『冷たい』では学園の外に流れ出し、現実の世界の中で薄まってしまったような感があります。

だけどそれは、彼らがこれから改めて現実と対決することによって、きっと再び胸の中に戻ってくることでしょう。その時作者は、あの時代は失われずにいつでもここにある、ということを僕たち読者に示してくれるのではないでしょうか。

そんなふうに考えてみると、花火がこの作品のキーワードになっているのも頷けます。花火は、暗闇の中でこそ火花を散らし、明るくきらめくことができます。これはまさに、現実世界というカオスの世界で生き生きと活躍する「彼ら」そのものですね。