2013年1月21日月曜日

◆現実との向き合い方

「逃げてはいけない」
「現実から目を背けるな」
「現実を真正面から見据えるんだ」

 などのカッコいい言い回しをたまに見かけます。少年漫画あたりにふさわしい言葉ですよね。

 これらは現実の世界でも、わりと普通に用いられる考え方だと思います。つまりそれが「正しい」と思われている。

 でもこれ、本当に正しいのでしょうか。目を背けて逃げなければこちらがおかしくなってしまうような、そんな現実もあるのではないでしょうか。

 解決可能な問題なら、逃げずに向き合えばいいと思います。でも、解決不可能だったり、関わることでこちらが大ダメージを食らうこともあるかも知れません。それすらも「逃げずに向き合え」というのはただの精神論でしょう。

 人間、最後には死ぬのです。生きている間にいくつかの問題から目を背けて逃げたって、最後に死んでしまえば「逃げ切った」形でこちらの勝ちです。

 こんな風に考えていくと、最初に書いたような理念は、必ずしも正しいとは言えなくなってきます。

 僕の話ですが、小説などの執筆において、「逃げちゃダメだ」という精神論だけで物語を書き続けることはもうできない気がしています。

 主人公が問題解決を通して成長するストーリーは好きですし、自分でもそういうのを書きたいけれど、「逃げちゃダメだ」という精神論が勝利を収める形ではもう書けないでしょう。たとえそれで勝利を収めたとしても、それは意志の力ではなく幸運ゆえだと書くことになりそうです。そのほうがより現実に即していると思うのです。

 では、最初に書いたようなあの精神論的な言葉はどう捉えればいいのでしょうか。僕はこれについて、「現実と向き合うことが正しい」のは、義務とか責任として正しいのではなく、単にそうでしかありえないから正しい、のだと思っています。

 価値は「真善美」にあるとよくいいますが、このうち善ではなく真だ、というスタンスですね。以下、簡単に説明します。

 現実から逃げてはいけないとか、目を背けてはいけないといいますが、そもそもこの場合の現実とは何でしょうか。

 現に問題が存在していることが現実なら、それを見つめている自分の心が弱いこと、逃げたがっていること、目を背けたがっていることも現実です。

 それだけではありません。すでに逃げてしまった人や、目を背けてしまった人もいるかも知れません。そういう人たちにとっては、逃げてしまったことに対する罪悪感も、ひとつの現実として見えていることでしょう。

 また、逃げずに問題に立ち向かっても、けっきょく解決には至らずに敗北してしまうかも知れません。そういう人には、敗北したことそのものもまた、現実として立ち現われていることでしょう。

 現実にきちんと向き合えるような、精神的な強者にも、あるいはそれができない弱者にも、それぞれの現実があります。ですから強者には強者らしい、弱者には弱者らしい現実の見つめ方があることでしょう。

 そういう、それぞれの現実は、逃げるとか目を背けるとかいうのとは関係なく存在します。むしろ否応なく人生にへばりついてくるものだと言ってもいいでしょう。

 このように考えると、逃げてはいけない、と一番最初に言われていた現実というのは、実際には現実の一部分でしかないことが分かります。そう言われている時に目の前にあるのは、現実そのものではなく、ある特定の問題に過ぎません。

 そういう、特定の問題に対しては、意志の力で自分から向き合うことができます。だけど、もっと包括的で全体的な現実は、自分から向き合うというよりもむしろ、あちらから追いかけてくるものです。向き合わざるを得ない。対峙するしかない。ただ目の前にある。それはいうなればありのままの自然の法則にしたがって、あるだけです。

 ですから、現実に向き合うことが「よい」とされるのは、意志の力でなんとかできる倫理的な意味のものではなく、単にそれがありのままの姿だからなのだと思います。

 だから、善よりも真なのではないかと。

 正しいのはやたらと「逃げずに」「真正面から向き合って」「目を背けずに」いることではなく、現実がどうなっているのかをまず知ることです。

 精神的に弱いなら、弱者なりに弱者らしく、自分のことも含めて現実をよく知る。あるいは敗北した強者なら、それなりに自分が今ある状態を認めて、それを知ることです。

 現実のあり方を素直に認めて、一度そのあり方を知ってしまえば、必ず行動に反映されます。反省が生かされるとかいう意味ではなく、それを知る前と、知った後では、行動が同じわけがありません。ちょっと見では同じように見えても、必ず違っています。

 問題解決の順序として大事なのは、まず状況を知ることです。その次に、自分のことを認めて、よく知ることです。その上で、これが「逃げてはいけない」現実なのかどうかを考えて、行動すればいいのです。

 またもしそこで、逃げてしまったり、あるいは行動を起こして失敗したとしても、そうした状況はまた次の現実として現れてきます。そしたら、またその現実をよく知って、その上で行動していけばいいのです。

 たぶん、そうするしかないのです。

 最初に「逃げちゃいけない」とかいう義務があるのではなくて。