2012年7月17日火曜日

◆「社会人」とはなんだろうか

「社会人」というのは、一体なんなんでしょうね。改めて考えてみると実に曖昧な概念です。

まず確実に言えるのは、「社会人」という言葉には2つのニュアンスがあるということです。

ひとつは「働いて収入を得ている人」。

もうひとつは「おとな」。

前者はまあ、分かりやすいですね。

日本には本来の意味での「社会」はなく、それは明治期に西欧から輸入された概念だという言い方がよくなされます。でも僕は必ずしもそうじゃないだろうと考えておりまして、西欧における市民社会とはマーチャント、要するに商人の世界のことです。商人の世界であればそれはいくらかは西欧の市民社会に近いと考えます。ですから、「社会」に出てお金を稼いでいる人は、これは明らかに商人の世界に身を置いているわけですから、やっぱり「社会人」です。どうしても「日本に本来の意味での社会はない」というのであれば、日本的社会人とでも言いかえればよろしい。

少し分かりにくいのは後者の、「おとな」としての社会人概念です。

実は日本では、「おとな」という言葉にもさらに2つのニュアンスがこめられています。それは生物学的な「おとな」と、精神的な意味での「おとな」です。

で、ますます分かりにくい話になるのですが、「おとな」の反対語は「こども」です。でも「こども」の反対語は実はひとつではなく、「おとな」とそれに「親」というのもあるんですよね。

こうやって見ていくと、「社会人」という言葉のニュアンスをきちんと理解するためには、「社会人」の単語ひとつだけを分析しただけでは足りないことが分かります。むしろ「社会人」とは日本においては「おとな」概念の一種なんですね。

問題は、日本の「おとな」概念の体系の中で「社会人」という概念をどう位置付けるか、ということです。

この解き方はそう難しくありません。要は、「責任の負い方」の違いです。それも、法律に基づく責任とそうでない責任、さらにゲマインシャフト的な責任とゲゼルシャフト的な責任を縦軸と横軸に設定することで、シンプルに位置づけすることができると僕は思います。

で、試しにやってみました。どうかな? クリックすると大きくなります。

①は、町内会とか消防団とか、あるいは農村の役割分担か、そういう形で責任を負う「おとな」のことです。

②がサラリーマンの世界。

③は純粋な家族関係ですね。ただし家族といえど何かあれば民法の規定に従いますから、トラブルや問題があった場合は①の関係にシフトすると考えてもいい。

④が自分でもよく分からないのですが(笑)、経済原理で人と人が結び付くゲゼルシャフト的な世界における「形式的手続き」が重要視される世界と考えればいいと思います。営業の際のお世辞、売り込み、雑談のやり方、謝り方、お詫びの仕方など、そういうやり方を心得ている「おとな」たちの世界ですね。

こう考えると、日本でいう「社会人」というのは、①と②のことを主として言うのではないかと思うのです。